【永遠に恋してる・前編】


心臓が破裂しそうです、神様。
きっと、あの子に恋しているんです。



それはまだ四代目が生きていて、上忍になったばかりの頃だったと思う。
『カカシ。木の葉神社でお祭りがあるから見に行かないか』と四代目に誘われたのを覚えているから。
お祭りなんてくだらないと断ったら、『普通のお祭りじゃない。4年に1度しかやらない奉納舞が見られるお祭りだよ』と無理矢理連れて行かれたのだった。
普段通りの賑やかな出店の並ぶ道をずっと歩きつづけ、神社の境内の更に奥まった自然林の中。そのためだけに作られた白木の匂いも新しい舞台があった。
そこにいる全員が舞人の登場を待ち望んで、固唾を呑んで見守っていた。
異様な雰囲気に飲み込まれそうになって、つい隣に立っている四代目の袖を握りしめていた。
なんというか、任務の時の恐ろしさとは全く別物だった。「恐れ」と「畏れ」は違うのだと初めて知ったのはその日だったのかもしれない。
奉納舞は毎回選ばれた者が舞う。決して同じ者が選ばれることはない。しかも神に許された血筋だけが舞うのだと聞いた。
生涯に一度きりしか選ばれないその栄誉は、その血族ですらまれにしか得られないものなのだ。
篝火が焚かれぼうっと浮き上がる板の上、小さな影がいつの間にか立っていた。
観客に向かって深く一礼した舞人。
ほっそりとした未熟ないかにも子供らしい体つき。細く華奢な首が項垂れすぎて折れてしまわないかと心配になるくらいだった。
シャラランと鈴が鳴り、それが合図だったのか、足が滑るように動き始める。
袖と裾がひらりひらりとひるがえり。
腰に差してあった二本の太刀が鞘から抜かれ、華麗な弧をえがきながら空を切る。
その太刀の先から炎が舞い上がり、炎の帯は守るように舞人の周りを渦巻く。なにかの祝福のように。
華麗で幽玄の舞。
「あれが木の葉の神舞だよ」
誰かが思わずひっそりと呟いた言葉は夢見ているようでもあり、我がことのように誇らしげでもあった。
神に捧げる舞。
神に感謝するために舞う奉納舞。
今まで神なんているのかいないのか分かるものかと思っていたけれど、この舞はその存在を感じさせるに充分だった。すべてがここにあり、世界が存在することが感じられる。
舞い終わって深々と一礼した後、顔を上げた黒い瞳と一瞬目があったような気がした。
その真っ直ぐで揺らぐことのない強く澄んだ瞳。
まるで雷に打たれたような衝撃が走って、呆然と立ち尽くすしかなかった。舞人が目の前から消え去ってしまっても。
実際、遠くにある境内の祭りのざわめきがようやく耳に届き、聞こえてくるようになるまでは、周りも誰一人口を聞く者などいなかった。
「今年も素晴らしかった」
四代目が満足そうに溜息を吐いた。
「あの舞は代々『美剣家』だけが捧げるのに決まっているんだ。今年は小さい子供だと聞いたからどうなることかと思ったけど、俺が今まで見た中で一番だったなぁ」
美剣。あの子は美剣っていうんだ。
ただそれだけがぼんやりと頭の中に入ってくる。
「カカシ?」
呼びかけにのろのろと答えて見上げると、四代目は少し目を細めて笑った。
「まるで恋に落ちたみたいな顔をしてるね」
恋?
言葉が示す意味に愕然としながらも、きっとそうに違いないと確信した。
「頑張れよ」
くしゃりと頭を掻き回す大きい手は、いつものように暖かかったのをよく覚えている。


それ以来、しばらくは何も手につかず、道ばたの石に蹴躓くような日々だった。
本人に会いたくてしかたなかった。しかし、どうやら美剣家の直系ではないらしく、本家を訪ねていっても教えてはくれなかった。舞踊だけが誇りの旧家では、直系ではない子供が舞うのが許せないというわけだ。住むところはもちろん、名前すら教えてもらえないのでは手の打ちようがなかった。
それでも諦めきれずに、一応こっそりと美剣家の家系図を手に入れて少しずつ捜してはみた。しかし、家系図は違っていた腹いせに書かれるバッテン印だけが増えていき、結局それらしい人物は見つからなかった。
だんだんと諦めだけが濃くなっていき、記憶も薄れていき、盲目的な恋をしていたのは昔の話になっていた。
最近では、新しい恋をしてしまった。けれど、思い出す度に胸が暖かいもので満たされるのはいつまでも変わらなかった。
今はもう、せめてあの舞だけでも見たいと願っていた。辛い任務ですさみそうなのを支えていたのは、心に刻み込まれたあの姿だったから。
他の人間が舞う奉納舞は毎回見に行ったけど、四代目の言葉通りあれが一番だったと今でも思う。
それでも懐かしくて、いつも神事は必ず見に行くと決めていた。
どんな任務だろうと受けるつもりは決してないと思っていたのに。


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2003.07.05


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