「え?任務?」
「はい。すみませんが、どうしてもはたけ上忍でなくては無理な任務がありまして。どうかお願いします!」
事務官が深々と下げる頭のつむじを眺めながら、どうしてこうタイミングが悪いのかと思った。
この時期だけは任務を外してくれと再三頼んでおいたはずなのに。
「この日は任務を受けないって言ってあったはずだけど」
「それは重々承知の上です。ですが、そこをなんとか!」
今回ばかりは何があっても断ると決意していた。
けれど。受付の隣に座っている鼻傷を持つ人が
「カカシ先生……」
と縋るような瞳を向けるので、諦めざるを得ないと思った。
仕方がない。イルカ先生を苦しめるのは本意ではない。
ようやく口説き落とした俺の恋人だから。
下忍を担当する上忍師となって初めて会ったその日から、恋に落ちた人。
初めて恋に落ちたあの時のように、会った途端に衝撃を受けた。
腰にへばりついているナルトに向けていた視線が下から徐々に上にあがってきて、俺の方を見つめた瞬間に。
自分が一目惚れしたという自覚をしてからは、それはもう頑張ったと思う。
受付に座っている日時を調べてそれに会わせて報告しに行くとか、ナルト達のことで聞きたいことが…なんて相談ありげに誘ってみるとか。普段なら面倒でやらないようなことを、無い知恵を絞って努力したのだ。
が、それはこうして晴れて付き合うようになれば、良い思い出だ。
と思い出に浸っている場合ではなかった。黒い瞳が心配そうにこっちを見つめているのだから。
しかも、自分が子供のような理由でわがままを言っているとわかっているから、強気に出られるわけもない。
「わかりました。やりますよ」
そう言うと、ほっと小さい息を吐いたのが感じられた。
イルカ先生の家で一緒に美味しく頂いた夕飯の後。
言いにくそうにイルカ先生が口を開いた。
「無理に頼んでしまってすみませんでした」
まるで自分の痛みのように耐えている伏せられた瞳が愛おしいと思った。
「いいんですよ。ちょっと楽しみにしてたからガッカリしただけで、気にすることありませんから」
ちょっとどころか、かなりなんだけど。
それは今は考えないようにしよう。次回だって構わないじゃないか、イルカ先生の仕事が上手くいくなら。
「大事な用だったのでは?」
「いえ、奉納舞をね、見たいなって……そんな理由なんですが」
きっと他人にとっては笑われるような理由だろうと思う。
ぽかんと口を開ける姿を見て、苦笑した。
「せっかくの4年に1度の機会だったから。見たかったんです」
言い訳をしながら、やっぱり自分は見たかったんだと実感させられて悲しくなったりして。
本当に見たかったのはあの子の舞だけだけど。
「昔、四代目に連れられて見に行ったことがあって…もう16年前になるかな?あの時の舞が忘れられなくて、いつも必ず見に行っているんです」
「16年前……」
「一礼する時に目があったんですよね、奉納舞が終わった後に。恥ずかしながら、それが俺の初恋で…」
なんとなく理由をきちんと言っておいた方がいいような気がして、正直に言ってみた。
すると、イルカ先生の顔がみるみる赤くなっていくのがわかる。
「ど、どうしました?」
「だって、まさか……だったなんて」
「え?よく聞こえないんですけど」
小さい呟きは油断していて聞き逃してしまった。
思わず聞き返すと、
「あの時見たのがカカシ先生だとは思ってなかったから、驚いただけです。でも嬉しかった」
と言う。
「見たいんだったら、俺でよければいつでも舞いますから。だから、任務頑張ってきてくださいね」
言われた言葉の意味がわからないまま、晴れ晴れとした笑顔をぼんやりと眺める。
俺は奉納舞が見たいと言った。
イルカ先生はいつでも舞いますと言った。
それを舞えるのは、奉納舞の舞人ただ一人で。
つまりそれは……
「もしかして、あの奉納舞を舞ってたのはイルカ先生!?」
「え。知ってて言ってたんじゃないんですか?」
知らなかった。
もちろん知らなかったよ、そんなこと。
呆然とする俺を可哀想に思ったのか、イルカ先生が説明してくれた。
「美剣家は俺の母の実家で。分家にすらあたらない俺が由緒ある奉納舞を舞うのは、かなり反対があったのですが、先代当主が強く推薦してくれて…」
それを聞きながら、なるほど嫁に出ていってしまった人間の子供まで探さなかったのは失敗だったと思った。
しかし、まさかそこまで遠縁の人物が舞うのを許されるとは思っていなかったのだ。常識では考えられなかった。
しかもあの時目があったなんて、実はかなりの自惚れだと思っていたのに。
嬉しいと言ってくれたイルカ先生。
嬉しいのはこっちの方だと思う。
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