「あの、イルカさん……」
「カカシさん、こんにちは!今日はどこへ出かけましょうか」
にこやかに返ってくる言葉はいつものように明るくて優しかった。
「あのっ、お話があります!」
イルカさんの笑顔にに少しだけ勇気づけられて、ノドも裂けよとばかりに大声で言った。……つもりだったが、出てきたのは小さくてか細い声で、これが聞こえるかどうかすら怪しかった。
しかし、ここで止めるわけにはいかない。
「俺もあと一回脱皮すれば成虫です。そしたら……い、い、一緒に俺の巣で、く、暮らしませんか?」
って、何をプロポーズしてるんだ俺は!
普通ならまずはお付き合いしてください、だろう!
もう駄目だ。見た目どころか中身まで変なゴキブリだと思われたに決まっている。
俺は意気消沈して地面を見つめた。そのとき。
「はい。喜んで」
「えっ?」
イルカさんが何かを言った。よく聞こえなくて、思わず聞き返していた。
「どうか置いてやってください」
「ええっ!?」
あまりの衝撃に、ぴこんと触角が動いた。
俺の聴覚が確かならば、イルカさんは『はい』と返事をしてくれたような……。
言ってはみたものの、どうせ駄目だろうと玉砕覚悟であったはずが。こんな幸運があってもよいものだろうか。
まさか夢を見ているんじゃないだろうか、と自分の足を口でくわえて引っ張ってみる。
痛い。
夢じゃない。夢じゃないんだ。
「ほ、本当にいいんですかー!……だって俺は白いゴキブリなのに」
「そんなこと!白くたってカカシさんはカカシさんじゃありませんか。以前看病してもらった時からずっと思っていましたが、カカシさんほど優しいゴキブリはいませんよ」
じーん。
やっぱりイルカさんは見た目に惑わされたりするわけがなかった。思いきって告白してよかった。
「カカシさん、好きです」
「俺もです、イルカさん。ありがとうございます!」
もう天にも昇る気持ちだ。
しかし俺にはまだやることがあった。夢が覚めてしまわないうちに、イルカさんを家に招く約束を確定してしまわねばならない。
「じゃ、じゃあ……来週にはもう脱皮している頃ですから、それからお引っ越ししましょう」
「はい。荷物は少ししかないから、自分で荷物をまとめて訪ねて行きますね」
ある日のこと、俺はバタバタと巣の中を這い回っていた。
脱皮はもう終わってしまったから、イルカ先生を出迎える準備は万端と言いたいところだが。普段はやらない部屋の隅を掃除してみたり、急に不安になってウロウロしだしたり、いろいろと忙しい。
コンコンと扉がノックされた。
「カカシさん」
イルカさんだ!
「今開けます」
慌てて扉の前に飛んでいき、震える手足で扉を開いた。
たいした荷物もなく身軽なイルカさんが目の前に立っていて、
「ど、どうぞ中へ!」
と奥へと招き入れる。
その瞬間、あっとイルカさんが叫んだ。
何事かと身構える。もしかして、やっぱりこんな狭苦しい巣では駄目だったのだろうか。
オロオロとしていると、イルカさんは意外なことを言った。
「カカシさんは伝説のギンイロゴキブリだったんですね!」
「え?」
「ほら、翅が見事な銀色じゃありませんか」
「あっ、ホントだ」
自分の翅を見ると、確かに銀色へと変わっていた。今まで白い白いと思っていたので、そんな些細な変化には全く気づかなかった。
ギンイロゴキブリといえば絶滅したと言われ、すでにその存在も伝説となろうというゴキブリだった。
「もしかして俺は、あまたのゴキブリも羨むような珍しい品種だったということですか!」
「そうですよ!スゴイです、カカシさん」
「じゃ、じゃあ、これからは一緒にいてもイルカさんが恥ずかしいと思うことはないんですね。俺、俺……嬉しいです」
まさか自分がそんなゴキブリだったとは。ありがとう、神様!
「そんなの、前から恥ずかしいと思ったことなんてないですよ」
「イ、イルカさん!」
感極まった俺はイルカさんにぎゅうぎゅうと抱きついた。
少し困ったように笑いながら、イルカさんはポンポンと背中を撫でてくれて、己の幸せをかみしめるのだった。
みにくいアヒルの子は、美しい白鳥に成長し幸せになったのだそうな。
HAPPY END
2003.01.10掲載
2004.01.01再掲
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