俺は今、恋をしていた。
相手の名前はイルカさんと言う。
しかし、問題がある。それは、イルカさんが由緒正しいヒメマルゴキブリなのに対して、俺が白くてみっともないゴキブリだということだ。
あのピンと伸びた触角。衝撃を与えられるとコロンとダンゴムシのように丸まる、艶やかな黒い無翅なボディ。
さすがヒメマルゴキブリ。なんて愛らしいんだ!いや、同じヒメマルの中でも特にイルカさんは愛らしい。イルカさんに会うときはいつもそう思う。
それにくらべて俺は……。
成虫になるまで何度も繰り返す脱皮の直後に身体が白いのは誰でも当たりまえのことだ。しかし、普通は徐々に本来の色へと戻るはずなのに、俺だけは突然変異なのかずっと白いまんま。みっともないこと、この上ない。
自分の巣を出ても目立って仕方がないし。ひそひそと噂されるのが嫌で、あまり出歩かないようにしているが、餓死しない程度には餌を探しに行かなければならない。
自分がなんという品種なのか俺は知らない。
小さい頃に餓死しそうになっていたのを拾ってくれた育ての親も知らなかったようだ。おそらく白い姿を嫌って捨てられたに違いない。
育ての親はめったにない珍しい品種で、オオコガネゴキブリだった。名前の通り黄金色に輝く翅は、他のゴキブリたちも憧れていたのを俺は知っている。今はもう亡い俺の誇りの養い親である。
その血を受け継ぐ子供はたった一人だけ。俺の義弟にあたるナルトは、父親に似て立派なオオコガネゴキブリになるだろう。
俺と一緒に暮らして他のゴキブリたちから冷たい目で見られるよりはと思い、今はじいさんに預けて別々に暮らしている。
その預けた先で、よくナルトの面倒を見てくれているのがイルカさんだった。たまに顔を見に来るナルトから話に聞くだけで、ずっと会ったことはなかったのだけれど。
イルカさんの背中には大きな傷があり、それは人間に殺られそうになったナルトを庇ってできたもので。あの時は、ナルトが自分のせいだと泣きわめいて大変だった。
その大怪我の時に、義弟を助けてもらったお礼と感謝を込めて俺が看病したのがきっかけで、治った後もよく会うようになったのだった。
というか、白くて珍妙な俺に何かと気を遣ってくれて、どこどこの水が綺麗だとかあそこの餌場が美味しいだとかイルカさん自らが誘いに来てくれる。
今までそんな優しい言葉をかけてもらったことがない俺は戸惑い、しかしすごく嬉しくてたまらなかった。
「好きなら告白すりゃあいいじゃないか」
「それができれば苦労しないよ。ワモンゴキブリのアスマや、ヤマトゴキブリの紅には、俺の気持ちなんてわからない!うわ〜ん。せ、せめて俺がチャバネゴキブリだったら……!」
図体のでかいワモンや黒々としたヤマトなんかに、今まで虐げられてきた俺の気持ちを理解しろという方が無理かもしれない。白いゴキブリの俺と嫌な顔をせず気さくにしゃべってくれる気の良い奴らではあるが。
俺もクロゴキブリとはいわないまでも、せめてチャバネなら告白する勇気だった持てたはずだ。
「いいじゃないの、白かろうが黒かろうが。好きになってしまえば関係ないでしょう?」
「見た目は大事だ。印象が違う」
「そんなこと気にするような奴には見えねぇけどな」
「そうよ、そうよ。思い切って告白しちゃいなさいよ」
「でも……」
アスマと紅は簡単にそう言うが、振られてしまったら致命的で、生きていけそうにない。
「あらー。愛らしいイルカちゃんは、見た目で判断するような馬鹿な連中と同じなわけ?ずいぶん侮辱するものね」
「イルカさんを侮辱しているわけでは……」
「いいから、とっとと行ってこい」
俺はアスマの足に蹴り出され、しばらくウロウロとそこら辺りを彷徨った後、思い切ってイルカさんに告白すべく足を動かし始めた。
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