ガヤガヤと騒がしい居酒屋の一角。
上忍中忍入り交じって部署も何もまったく違う人間達が集まったその飲み会は、いったいどういう集まりなのだと知らない者が見たら疑問に思うこと請け合いだった。
イルカだって不思議に思っても良さそうなものだが、そこは慣れた親衛隊の手腕でいつもうやむやに進行されている。同じ趣味を持つ者の集まりだとか何とか。それはもうイルカを愛でるという点において限りなく同じ趣味ではあるのだが。
その趣味について目の前で語ったことなど一度もないにもかかわらず、イルカはなぜか納得していた。自分は違うのに混ざっちゃっていいのかなぁとぼんやり考えながら。
とはいえ、飲み会自体は普通のものとあまり変わりはない。飲みながら噂話にも花が咲く。
「はたけ上忍かぁ。あの人はそりゃあ強いけど、私生活はねぇ」
「同じ女と歩いてるところは見たことないとか?」
「そうそう! とっかえひっかえ羨ましいよな」
「あれだけ強くて面もよければ俺だって!」
「お前図々しくない?」
「とにかくはたけ上忍ってさ。誠実からは程遠いって感じだよな」
「そうそう。絶対たらし!」
「お前言い過ぎ〜」
「や、ホントだって! この前さぁ……」
いつのまにか飲み会は、カカシの悪口大会かという様相を呈している。もちろん意図的にではあるが。
本人が居ないから言いたい放題、あることないこと飛び交って収拾がつかない。
そんな喧噪の中、イルカは困り果てていた。
こういうのは好きじゃない。嫌でも耳に入ってくる話題を鵜呑みにするほど馬鹿ではないけれど、ちくちくと全身を刺すような居心地の悪さがある。
ましてやカカシのことをすべて知っていると豪語できるほどの付き合いが自分にあるわけでもなく、それらすべてが嘘と言い切れる自信もなかった。
次第に食欲もなくなり気分が沈んでいく。
「そういえば、アオイさんが長期任務から帰ってきたって」
「えっ、もしかして前にはたけ上忍と付き合ってた?」
「そうそう。あの美人の上忍」
一見なにげに出されたように聞こえる話題に、イルカは胸が押し潰されそうになった。
昔の恋人。
そりゃあ今まで誰とも付き合ってないなどと思ったことはないけれど、いざ本当にそういう話題になると泣きそうになる。
「遠距離だから別れたって話だけど、帰ってきたならヨリ戻すんかな」
「そうじゃないか?」
「羨ましいねぇ」
アオイといえば、実はカカシの熱狂的なファンであることで有名なくノ一だ。
カカシが聞けば、つきまとわれたことはあっても付き合ったことなど一度もない、と主張するだろう。しかし噂というのはいい加減なものばかりで、そういうのに限って一人歩きするものであり、そこに悪意が加われば目も当てられなくなるのだ。
アオイという人物が帰ってきたということは、また熱烈なアタックが始まるに違いないと親衛隊たちは考えていた。そうすればイルカに近づこうとするカカシの行動も制限されるだろうと予測される。
もういっそ二人がくっついてどこかへ消え去ってくれと、ここにいる全員が願っている。ヨリを戻すのは予想というよりただの願望だった。
だが、イルカは勘違いした。
帰ってくるというだけで皆がワッと盛り上がる綺麗な上忍は、カカシの元恋人だと言う。
そんな人が帰ってくればヨリを戻すのも当然だろう。きっとすごい美人なのだ。性格だって良いに決まっている。
ヨリが戻れば優しいカカシのこと、できる限り恋人と過ごそうとするだろう。
つまり今まで暇つぶしにかまってもらっていたであろう自分はもう用済みで、一緒に食事をすることもなくなるのだという事実に衝撃を受けた。
恋人になりたいなどと図々しいことを考えたことはなかったが、顔も合わせることがない現実はイルカにとって寂しい。いや、会えないならまだしも、二人仲良く並んで歩く姿ばかり拝む羽目になったら寂しいどころの話ではない。
どうしよう、どうしたらいいんだろう、とイルカは生中のジョッキを握りしめていた。
●next●
●back●
2006.08.12 |