しかしジョッキを握りしめたからといって何の解決にもならず、イルカがどよんと空気が澱むくらい落ち込んでいるうちに、飲み会は解散となった。
「うみの、困ったことがあったら何でも言ってくれ。力になるぞ」
帰り際に何度か面識のある上忍にそう声をかけられ、自分がいかに暗い顔をしていたかイルカは悟った。
せっかくの飲み会だったのに、申し訳ないことをした。気を遣わせてしまったと反省する。
しかし反省はともかく、せっかく声をかけてくれたのだ。イルカは気を取り直して、
「ありがとうございます。その時はお願いします」
とにっこりと笑顔を向けた。
ぶるぶると身体が震え始めた上忍を不思議に思い、イルカは心配で声をかけようとしたが、他の人間に阻止された。
「お、俺もついてるぞイルカっ」
「あ、ありがとう」
戸惑いながら昔からの友人に礼を言うと、
「イルカ先生! 俺の方がいつも近くにいますから、何でも言ってください!」
と同僚までもが言い出す始末。
みんないい人たちばかりだなぁと、イルカは気分がほわほわとしてくる。にこにこ笑って礼を言う。
店の前で別れた後、うおおぉぉと雄叫びが上がり『来月も頑張ろう!』という合い言葉が交わされていることなどイルカは知るよしもなかった。
イルカは自宅までの道のりをトボトボと一人で歩く。
実際歩いているのは一人でも、周りにはこっそりと家まで見守る部隊がついているのだが。
飲み会のメンバー選に漏れてしまった連中が、せめて自宅まで送る役目だけは!と息巻いているのをイルカは知らない。だから気分だけは一人だった。
一人で寂しく歩いているとさっきまでのほわほわした気分もどこへやら、カカシのことが気にかかる。
『イルカ先生』と。彼は自分のような下の者にまで丁寧に話しかけてくれる。
柔らかな物腰、細やかな気配り。
優しくて頼りがいのある人で、どれも恋に落ちるにふさわしい理由ではあるけれど、それにも増して好きなのは子供のようにはにかんだり嬉しそうに笑う表情だとイルカは思う。
「やっぱりカカシ先生に告白しようかな」
ぽつりと呟く。
今の関係が心地よくて壊したくないと思っていたけれど、恋人が戻ってくるなら今のままではいられない。それならばいっそきちんと告白してふられた方が気持ちもスッキリするんじゃないだろうか。
辛い選択になるかもしれないが、後悔しないためにも。
イルカは頷いた。
「うん、そうしよう」
明日。明日にしよう。
拳を握りしめ深呼吸し、前を向いて歩き出した。決心したイルカの表情はすっきりと明るい。
しかしそれとは反比例して、呟きを聞いていた親衛隊の表情は暗かった。口を開けたまま硬直する者が続出、溢れる涙で池ができそうだった。
その夜のうちに親衛隊に緊急招集がかかり、朝まで作戦会議だったのは言うまでもない。
●next●
●back●
2006.08.19 |