上忍控室では空振りだったが、ちょうど火影の執務室から出てくる銀髪を発見した。
「カカシ先生!」
嬉しくなって思わず大声で呼びかけると、カカシは驚いたように右目を見開く。しかし次の瞬間に笑みを浮かべ、逆に近寄ってくる。
「イルカ先生、もう今日は終わりですか?」
今日こそ自分から誘おうと決意してきたイルカは勢い込んだ。
「はい。カカシ先生、今日はお時間ありますか。久しぶりに夕飯を食べに行きませんか」
息をつく間もなく言い切った瞬間、カカシの視線がちらりと執務室の方に動いた。
その意味を考え、イルカは恐縮する。
「もしかして任務ですか? すみません! そんな時に誘ってしまって」
受付では今からは任務はないと確認していたのだが、火影から直接任務を言い渡されることもある。なんて気の利かない、とイルカは自分を責めた。
しかしカカシは首を横に振る。
「いえいえ、大丈夫です。任務じゃありませんから。これから今すぐ行きましょう!」
カカシはイルカの手をぎゅっと握りしめ、駆け出しそうな勢いだった。
イルカはほっと安堵の溜息をつく。
「そんなに慌てなくても大丈夫ですよ」
「いやぁ、いつどこで何があるかわかりませんから」
最近身に染みてそれを理解しているイルカは、カカシの言葉に頷いた。
「あ〜、久しぶりですね。こんな風に二人で食べに行くなんて」
「ええ、本当に」
食べに行くどころかゆっくり話をできない日々が続いていた。しかし今はこうして並んで歩いている。
思いきって誘ってよかった。
カカシの顔を見ながら、ガイ先生の言ったとおりだったな、とイルカは思った。
昨日は久々に二人一緒に食べて飲んでおしゃべりして。すごく楽しかった、とイルカは思い出して笑顔になる。
その上、今日も一緒に行きましょうと約束を交わし、今現在待ち合わせ中なのだ。
そういえば、昨日はあまりにも楽しくてカカシに恋人ができたのかどうか確認するのも忘れていた。
今日は聞いてみようと思いつつカカシを待っていると、例のアオイが近づいてくる。しかも不機嫌なオーラが出まくっていた。
「こんなところで何してるの?」
「あ。あの、カカシ先生を待ってるんです。今日約束してて……」
イルカが躊躇いがちにそう言うと、アオイの機嫌はさらに悪くなる。
「へぇ。いいご身分ね。羨ましいわぁ、写輪眼のカカシを呼びつけるなんて」
「そんな。呼びつけるだなんて!」
イルカが約束だと言っているのにアオイは聞く耳を持たない。腕を組み、吐き捨てるようにものを言う。
「だってそうでしょう? 火影の権力を笠に着て」
「何を言ってるんですか?」
言っている意味が理解できなくて、イルカは戸惑う。その姿を見てアオイは心底驚いたと言わんばかりに柳眉を逆立てた。
「やだ、知らないの? 三代目のお気に入りのイルカ先生」
「え?」
「カカシがあなたに優しいのは三代目に頼まれてるからよ」
「頼まれてる?」
「イルカと仲良くしてくれ、面倒を見てやってくれってね」
「嘘……」
「嘘じゃないわよ、聞いてみるといいわ。三代目はあなたをいまだに可哀想な子供だと思ってるんじゃない? 昨日もそのせいでカカシはわざわざ呼び出されていたんだから。迷惑な話よね」
まるで迷惑を被ったのは自分自身だというように眉を顰めるアオイに、イルカは呆然としながらも記憶を辿る。
呼び出された。
そういえば、昨日勇気を出して夕飯に誘ったとき、カカシはちらりと執務室に視線を向けなかったか。
頼まれていたから、頷いた? 今までずっとそうだった?
そんなはずはないと思いながらも、完全に否定することは難しかった。
疑惑はまるで夏の日の夕立雲のように突然と湧いてきて胸の中を覆い尽くし、イルカの心を掻き乱した。
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2006.11.04 |