「何これ。この程度の任務で俺を呼び出すなんて、振り分け担当は何してんの」
イライラする。
まったく何もかもイライラして仕方がない。
倒れ伏した敵の山を見ながら、クナイを思いきり振って血糊を落とす。
「そう言うな。お前がいなけりゃ、もっと時間がかかってただろうに」
同じく下忍担当なのに呼び出されたアスマがいなした。
「時間をかければできるんだったら、呼び出すなって言ってんの。俺が今、里外任務を受けてないのは知ってるだろ」
どうしてもと懇願してくるのを断ったら、あの人にまで無理に頼みこんで
『カカシさん、行ってきてください』
と、あのか細い声に言わせたくせに。
なんてくだらない任務。
今は7班の任務だって長くかかるものは受けていない。8班か10班と合同にしてもらうか、簡単なものなら任務内容を告げて影分身を残して帰ってくる、そんな毎日だ。
「イルカの調子はよくないのか」
「………………」
よくない。ぜんぜん良いわけはない。
「最近は頭痛が酷くて。しょっちゅう吐いてる」
「そうか」
「視力もかなり落ちてきてるみたいだ。本人は否定してるけど」
「……そうか」
聞いたくせに『そうか』しか言わないアスマにまた腹が立つ。
じゃあ聞くなと言いたい。あの人の苦しみを和らげてくれるんじゃないなら聞く意味なんてあるのか、と思う。
「お前がイルカの家に住むと言い出した時は驚いたけどな。よくやってるみたいで安心した」
「よくやってなんていない」
「この前イルカに会ったらそう言ってたぞ」
またそんなことを言って、あの人は。
「お前が看病なんてなぁ」
「少し後悔している」
そう呟くと、アスマが片方の眉を上げて非難の目を向けてきた。
「世話をしようなんて傲慢で愚かな考えだったかもしれない、と今は思ってる」
「だってお前……」
まだ何かを言いたそうなアスマを遮って、口を開く。
「死ぬのは戦場で慣れてると思ってたんだよ」
「戦場で死ぬのと、闘病の末に死に至るのではぜんぜん意味が違うのはわかりきったことだろうが」
「だって知らなかったんだよ!」
思わず叫んで頭を掻きむしった。
誰もそんなことは教えてくれなかった。
病気で苦しむ人間にしてやれることなど限られているんだってこと。
頭が割れるように痛んでも、俺にできることはあまり効き目のない薬とそれを飲む水を差し出すぐらい。抱きしめて背中を撫でてあげるぐらい。その程度のことしかできることはない。
『ごめんなさい』
迷惑をかけてごめんなさい、とあの人が謝る必要なんてない。
謝りたいのはこっちの方だ。何もしてあげられなくてごめんね。
あの人は日に日に痩せ細って、腕なんか触ったらぽきんと折れそうなくらいだ。それを黙って見ているしかない自分は、無力で役立たずだ。俺が自分の胸を掻きむしってみても、あの人の苦しみは消えない。
痛みに耐えるために俺の腕に立てられた爪の痛みだけが、唯一あの人から与えられた共有できる痛みだ。
その事実に呆然とする。
俺が代わってあげられればいいのに。
俺は昔から戦場巡りでそういうのには慣れているし、痛みには鈍いからどうということはない。だからその痛みは俺が代わりに引き受けてあげたい。
けれど、そんな願いなど叶えてくれる神はどこにもいなかった。
死は誰の上にも平等に訪れる。それは突然、無情にも訪れる。
俺は今まで生きてきて、死には慣れていると思っていた。たとえあの人が任務で命を落としたと聞いても、仕方のないこととして受け入れられると信じていた。それは忍びとして当たり前のことだったから。いつ死ぬかわからないことへの覚悟はしていた。
だから俺は初めて腫瘍の話を聞いた時、ただ死ぬ時期が多少予測がつくという認識しかなく、むしろ予想がつく分恵まれている環境にあると思っていたんだ。
馬鹿じゃないのか。
何もわかっていなかった。
いつ死ぬかわからない、というのは逆に言えば、いつまでだって生きられるかもしれないということだ。意味が違うことがわかってなかった。
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