そうして、やってきてしまった例の土曜日。
「お前、覗きから始めて徐々に慣らすんじゃなかったのか」
いそいそと脱衣室で服を脱いでいるカカシに小声で聞いてみる。
「ばっ!馬鹿か。なんでお前が一緒に入れて、家主の俺が覗きをしなきゃならないんだよ!」
これまたイルカには聞こえないように小声ながらも、怒った口調で答えが返ってきた。
「まあ、それもそうだな」
「それに、お前がイルカ先生に不埒な真似をしないかどうか、見張ってる必要がある!」
それはお前だろ。
見張りはこっちだっつーの。
「だいたい、なんでイルカ先生がお前を誘うんだよー」
うーうーと唸り声をあげているのを見ると、罪悪感に少しだけ胸が痛んだ。
がしかし、甘いことを言っていてはいけない。油断すると後でこっちが痛い目を見るのは確実なのだから。
「あの…俺がアスマ先生を強引に誘ったんです。迷惑でしたか?」
おずおずと声がかけられる。
「そ、そんなことはありませんっ」
「よかった!」
安心して気が緩んだと同時に全開になる笑顔に、カカシは見とれていた。
それに気づかないままイルカは浴室の扉を開ける。
「うわぁ。ホントにすごいですね!」
感嘆の溜息とともに喜びに満ちた声。
瞳をキラキラと輝かせながら、風呂に目を奪われているようだ。
たしかにこれが個人の家の風呂か?と疑うくらいの出来だった。
浴槽は総檜だわ、光を取り込むためと景色を楽しむためか片方一面窓ガラスだわ。
この広さなら一人で入れば泳げそうだ。
風呂の完成度にカカシの執念を見たような気がして、アスマは肩を落とした。
その隙をついてカカシがイルカにちょっかいをかけていた。
「イルカ先生、背中流しましょうか?」
「ええっ。カカシ先生にそんなことまでさせたら申し訳ないです」
「まあまあ、遠慮なさらずに。裸同士で上忍も中忍もないでしょ」
「でも……」
遠慮しているイルカの背中を無理矢理洗おうとしているカカシに、舌打ちを打つ。
いきなりか!まったく見え見えの行動だ。
なんとかせねばなるまい。
「おおっと、石けんで滑ったぁー!」
どかっ。
いかにも滑ったように見せかけて、カカシの背中に蹴りを入れる。
「てめ。わざとらしいんだよ、この髭熊」
怒り心頭という感じで食って掛かるカカシの攻撃をなんとか躱す。
互いに両手を組み合って腕力の均衡を保っているときに、力の抜けるような言葉が聞こえた。
「お二人ともすごく仲がいいんですね」
「はあ?」
「子供同士がじゃれ合ってるみたいで…」
微笑ましそうに向けられる視線が痛い。
違う。それは違うぞ、絶対に。
じゃあ何か?
俺達はあのうずまきやうちはの坊主達みたいに、本当は仲良くしたいのに素直になれなくて始終ド突き合ってるオトモダチなのか?
そんな寒くて凍えそうな解釈はやめてくれ。
というか、守ろうとしている対象に理解されていないのは致命的だ。
アスマは涙がちょちょ切れそうになった。
「ち、違います、イルカ先生。これはそういうんじゃなくて…!」
カカシが必死に否定しても、もはや遅い。
すでにイルカの中では二人は仲のいいオトモダチなのだ。否定の言葉もただの照れ、そうとしか受け取っていないのは明らかだ。
なんだってこんなことに。
カカシもアスマも暗い面もちで手にしたタオルを握りしめたのだった。
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