「なーに言ってんだ。たとえ練習とはいえ、イルカ先生に変化できるんだぞ?こーの幸せモンめ!」
「いや、俺はいいっての。そんなに幸せなら、お前自分でやれよ」
「自分でできりゃやってるよ!」
「なんでできないんだ?」
「イルカ先生に禁止サレマシタ」
「なんで」
「そう、聞いてくれよ!この前、イルカ先生と一緒に帰ろうと思って控え室で待ってるとき、すっごいヒマでさぁ。ついイルカ先生に変化して遊んでたら、本人に見られて一週間口を聞いてもらえなかったんだよ……」
酷いよねー、と同意を求められた。
いや、酷かないだろ。
「……何して遊んでたんだ」
「えー、ちょっと髪の毛おろしたり、鏡の前で上着めくったりしただけだよー?」
「そりゃあ、お前が悪い」
ちょっと、しただけ?
イルカも可哀想に。こんなセクハラを受けた上に反省もされないなんて。
むしろ一週間で許したことの方が驚きだ。
「とにかく、イルカ先生に変化してくれよ」
目の前で手を合わせて拝まれる。
「なんで俺が」
「頼むよ。お前、親友を見捨てる気か!」
俺はいつだってお前を見捨ててぇよ。
そして平穏無事な人生を送りたい。
そんな願いは儚い夢なのか?
肩をガクガクと揺さぶられながら、ぼんやりと考える。
その瞬間、ハッとなった。
こんな往来で見た目が女に責め寄られている姿を誰かに見られては、この先どんな噂が飛び交うかわかったものではない、ということに気づく。
「わ、わかった。一回だけだぞ」
とっとと済ませて早く追っ払ってしまわないと非常に困る。
「ア、アスマ〜〜。さすが親友、なんていい奴だ〜」
目に涙を浮かべながら感謝されると、ちょっとぐらいやってやってもいいかという気になってくるから不思議だ。
ではやるか、という段になってカカシが口を開いた。
「それでさ。ついでだから、ちっこいイルカ先生になってよ」
期待に眼を輝かせている。
しかし言葉の意味がよく理解できなかった。
「なんだって?」
「だーかーらー、『お母さん』が生きていたころのイルカ先生。13歳……ぐらい?」
最初からそれが目的か!
延々言っていたのは、つまり、要するに、子供のころのイルカが見たいという欲望のためだったわけだ。
「やらん」
「えー!なんでだよ、やるって言っただろー!男が一度口にしたことは守らないと駄目なんだぞ!」
口を尖らせて抗議する姿に、お前は子供か!と脱力した。
「嘘つき髭ー!!びぇーん」
わざとらしい泣き声と抗議の声。
大の大人が『びぇーん』って泣き声はないだろうに。
興奮しているためか次第に声が大きくなってきて、このままいけば里中の注目の的になるのは間違いなかった。
「わかったよ。ったく、面倒くせぇな」
「やったー!」
喜ぶ姿は本当の子供のようだ。
そしてやっぱり嘘泣きだったのだと実感した。今まで泣いていたはずが、もう一筋の涙も流れていなかったからだ。
ウキウキと鼻歌すら聞こえてきそうなくらいだ。
「ホラ。この鏡を使うと、見たことない人間にも変化できるから便利だぞ」
さきほど使用した手鏡を取り出し、差し出してくる。
使っていいという寛大な許可は、余計なお世話だった。そんなものは使いたくもない。
「いや、いい。子供のころの姿は前に写真で見たことがあるから普通の変化で大丈夫だ」
「な、なんだってー!なんて羨ましい!ちくしょー。早く変化しろ。さあやれ、今やれ、すぐやれ!」
ここで断れば写輪眼全開もあり得るくらい、鬼気迫る状況だった。そんなことごときで死亡なんて記録が残った日にゃ、死んでも死にきれん。
それだけは勘弁してほしかった。
「やればいいんだろ」
もうどうにでもなれという半ばヤケクソ気味に承知した。
印を組んで子供のイルカに変化する。
カカシの反応はといえば。
「か、かわ、かわっ……」
口元を押さえて震えている。
何か可笑しかっただろうか。『かわ』って何だ?
「変わり身の術?」
首と傾げて聞くと
「か、可愛いーー!!」
と絶叫して抱きしめられた。
「うぎゃあ!」
すりすりと頬ずりをされ、心の奥底からこいつが女に変化していてよかったと思った。
元のままだったら耐えられない。


●next●
●back●


●Menu●