「ぎゃ。抱きつくな!」
抗議はまったく耳に入ってはいないようだ。
それどころか身体を抱き上げられ、腰に回った手が。
「尻を撫でるな!」
ゴンッと音が響き渡るくらい、思いきり力任せに頭を殴ってしまった。
しまった、反撃されるかと身構えたが、それはなかった。
本人もそうしたい気持ちはあったらしいが
「イルカ先生の顔を殴るなんて俺にはできないー。うう〜〜」
と顔を覆って泣き崩れる。
それと同時に『お母さん』の変化は解かれていた。
目の前には、いつもの怪しげな風体の男が蹲っているばかりだ。
なるほど、この姿の利点はこういうところにあるのか!と驚きと共に納得する。
これを利用しない手はないじゃないかという考えが、日頃の恨みからか悪魔のささやきのように頭の中をよぎった。
「お前、外見さえ好みなら中身はどうでもいいのか。あーあ、イルカもガッカリだな。顔しか興味のない男なんかに惚れられて」
「ぐっ」
痛いところを突いたようで、言葉に詰まっている。
未だかつてこんな勝利があっただろうか。今までの苦労が報われた気すらする。
「しかもなぁ。お母さんだとあーんなことやこーんなことも出来ないなぁ。残念だな、カカシ。仕方ないな、イルカの望みを叶えるためだもんな」
「えっ!やだ、やだーい!」
俯いていた顔を勢いよく上げて駄々をこね始めた。
生ぬるく見守っていると、ふと動きを止め、じっと見つめてくる。
「やっぱり可愛いー!」
再び抱きつかれてガックリとくる。
どう足掻いても学習するということはないのか、この男は。
そう思っていると、衝撃を受けた表情だ。
どうしたのかといえば。
「イルカ先生の匂いじゃないー!」
悲しそうに叫んで離れていった。
ああ、煙草の匂いか。
ようやく気づいた。
「忍びといえど、匂いまではどうにもならんな」
「イルカ先生はこんなに煙臭くないもん」
「よくわかってるじゃねぇか。しょせんニセモンはニセモンだ」
そこまで言ってピンときた。
これだ。偽物が虚しいことだとわかった今、釘を差しておけばいいんだ。
上手い話の運びに、イイ感じだと喜んだ。
「そう。お前の言う『お母さん』もニセモンに過ぎないんだよ。イルカが喜ぶとは思えないな」
はっとするカカシ。
「そうか!俺が間違っていたよ、親友!」
だから親友は違うだろ。
突っ込みをいれたかったが、今その話に関わっている場合ではない。
「じゃあ一体何がいいんだ、贈り物は」
しゅんと項垂れるカカシを前に、話は振り出しに戻ってしまったのだと愕然とした。
これから延々贈り物について検討させられるのか?
今まで付き合ってやっただけで充分じゃないのか?
『お母さん』で妥協しておけばよかったのか?
そんな思いがぐるぐると回り続ける。
何か考えつかないと、このままかと思うとぞっとする。
飯も食わないまま考えさせられるのか。
飯?そうか!
「そうだ、ラーメンだ。イルカはラーメンが好きだって話じゃないか。お前が手作りのラーメンを食わしてやったら喜ぶんじゃないか?」
いい加減な提案に、カカシはぱあっと顔を輝かせて喜んだ。
「それがいい!さすが髭熊、伊達に歳をとってないね」
たかが1歳ぐらいの違いでどうこう言われる筋合いではない。
常々思っていることだが、本当に失礼極まりない奴だ。
が、それはどうでもいい。
協力もした。提案もした。
これで義理は果たした。お役ご免だ。
達成感と共に疲労感が倍増していたとしても。
「イルカ先生の為に、俺気合い入れるよ!」
いや、そこで気合いは入れなくていーし。
目の前には、そんな抗議の眼差しも虚しく、張り切るカカシの姿があった。
その後イルカの誕生日がどうなったか、俺は知らない。


END
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2003.05.17


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