簡易な見張り台に座り込み、夜の闇の向こう側をじっと見つめながら考えていた。
誰かが見張っていなければきっと困った事態になるだろう。どうせ胃が痛くて食べる気などしないから、俺が見張っているのが妥当だ。
こんなことがあるのだったら、これからは弁当を持たせて任務に送り出すなとイルカに言っておかねばなるまい。そうしなければ俺の身が持たない。
そして、イルカにそう言ったということはカカシにバレないようにしなくては。
そうでなければ、またカカシが『俺が羨ましかったのか』『人の幸せを邪魔するとは心の狭い髭熊め』、挙げ句の果てには『まさかイルカ先生に気があるんじゃないだろうな』などと騒ぎ出すのは確実だった。
言っていることは子供の癇癪そのままなのに、上忍としての腕は変わらないから性質が悪い。きっと写輪眼も全開で迫ってくるに違いない。その光景が目に浮かぶようで、また胃の痛みは倍増の一途を辿っている。
そのとき、すぐ近くで微かな気配があった。
気配を殺しているようだが、微かに漏れる気配は敵に間違いない。
「敵襲だ!」
叫ぶと同時にできうる限り素早く仲間の所へと走る。
けれど周りは敵に囲まれていて、すでに攻撃しようと別の方面から敵が姿を現していた。
「カカシ!」
敵に襲われたのか、カカシが蹲ってぶるぶると震えている姿が目に入る。
「大丈夫か」
慌てて近くに寄ってみると、どうも様子が変だ。いや、様子がおかしいのはあたりまえなのだが、怪我をしたとか幻術をかけられたとかいう感じではないという気がした。
「おい?」
「イルカ先生の握ってくれたおにぎりが……!!」
「なんだって?」
よくよく見れば、蹲った目の前に白くて黒い何かが落ちていた。
「あいつらが急に攻撃してきたから、ぽろって。ぽろって!」
どうやらおにぎりを落としてしまったらしい。土に落ちて埃だらけのそれは、もう食べるのは無理だろう。
カカシはおにぎりを拾ってよいものかどうなのか、もはやどう手をつけて良いのかわからず涙を浮かべている。
しばらくそのまま蹲っていた後、地を這うような声を出した。
「お前ら……ブッ殺す」
敵襲でおにぎりが落ちた→襲ってきた敵が悪い→殺して敵を討つ、という三段論法らしい。
俺が思うに、戦場でのんびりおにぎりを食べてる方が悪いと敵は考えているのではないだろうか。
しかし、カカシにはそんな常識は通用しないのだ。自己中心的な人間には何を言っても無駄。一度口にしたら必ず敵を殺すだろう。
いつもなら大人しく殺られてくれ、と合掌するだけだ。
だがしかし。
今回の任務は『敵を生きたまま捕縛すること』なのだ。殺してしまっては元も子もない。
「誰かカカシを止めろー!」
叫んでみたものの、写輪眼のカカシに向かっていこうとする味方など一人もいなかった。暗部全員が目に涙を浮かべながらふるふると首を横に振り、俺の方を見つめている。その怯えの中に混ざる期待の眼差しに溜息をついた。
俺か。俺一人でやれってか。
胃は最大級に痛み出し、援軍もない。四面楚歌という言葉がこれほど実感されるひとときはなかっただろう。自分だけが唯一の味方だと思うと涙が出そうだった。
しかし任務を請け負った以上、なんとかカカシが敵を全滅させるのだけは止めなくてはならない。
「わかった。殺すのはまずいが、肋を折るぐらいは許容範囲だ」
たぶん、おそらく。そこまでの指定はなかった。
拡大解釈と言われようとも、今この場を切り抜けるにはこれしかない。
「オッケー。任せとけ!」
親指を立てて請け負うカカシを前に、本当に殺さないかどうかを見張っていなくてはいけないと心に誓った。
「うう。イルカ先生のおにぎり……」
真後ろで鼻をぐずぐず言わせて泣いているのは、チャクラ切れで身体が動かなくなって俺の背中におぶられているカカシだ。
これが、たった一人でほとんどの敵を戦闘不能にした忍びとはとても思えない。
幸い敵は全員無事捕獲できた。それだけが救いだった。
ときたま首筋に落ちてくる水滴は涙だけじゃなく、絶対鼻水も混じっているに違いないと俺は思う。しかし、両手がふさがっている俺に、それを防ぐ術などないのだ。
早く里に帰り着いて、こんなお荷物はさっさとイルカに渡してしまいたい。
しかし盛大な溜息は、結局カカシの啜る鼻水の音と呻き声で掻き消されてしまったのだった。
END
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2004.06.12 |