もうすぐ梅雨に入るのは本当かと言わんばかりの晴れた日のこと。
上忍控室で待機しているのはカカシと俺だけ。そんな時にちょうど外を通りかかったイルカをカカシが呼び止めた。
少し休んでいきませんか、と。
イルカに惚れ込んで猛烈アタックの末にようやく恋人の地位を手に入れたカカシは、イルカの側でうきうきと機嫌が良く、だらしなく顔を緩めている。
やれやれと思いながらしばらく世間話をしているときに、イルカがふと思い出したように口を開いた。
「もうすぐ紅先生のお誕生日でしたよね」
「ああ」
「そういやそうでしたっけ」
「お祝いしないといけませんね」
言われるまですっかり忘れていた男二人に比べ、イルカはそういう細かいところも気配りする性格のようだ。
しかし、言い訳ではないが忘れていたのにも理由がある。
「もう今さら祝う歳でもないだろ。あまり話題に触れない方がいいお年頃ってのもあるもんだぜ」
「そうそう。下手に藪を突くと痛い目に会いますよ、イルカ先生」
カカシの意見に賛成だった。
歳を取るにつれ、誕生日なんてものは一つまた一つ生きる年月が増えていくだけの日と化す。憂鬱だという奴すらいる。ましてや年齢に敏感になる女ならなおさら。触らぬ神に祟りなし、なのだ。
しかし、イルカは首を横に振る。
「そんなことありませんよ! 祝ってもらうのは、年齢に関係なく嬉しいものです。いつもお世話になってるし、なにかプレゼントを贈らなくちゃ」
「そうかぁ? 紅のことだから別にいらねぇと思うがなぁ」
あの紅のことだから、ヘタなものを贈ったらそのままゴミ箱行きということもありうる。自分の好みじゃないものは、あくまで不要と言い切る性格だしな。
しかし、俺の控えめな反論はイルカの耳には届かなかったようだ。
イルカは贈ったものを捨てられるなどということが想像も出来ないようで、小首を傾げて一生懸命考えている。
「一番喜んでもらえるものがいいですよね」
しばらく考え込んでいたが、何かを思いついたのかイルカは顔を輝かせた。
「アスマ先生。今度飲み比べで勝負してもらえませんか」
「ああ?」
突然と何を言い出すのかと思えば。今は紅への贈り物の話をしてるんじゃなかったのか?
「イルカ先生! こんなザルと飲み比べようなんてアル中で死んじゃいます。命がいくつあっても足りませんよ!」
カカシが失礼な言葉を吐きながらイルカに泣きついた。
イルカはといえば慣れたもので、ぎゅうぎゅうと抱きつく物体をよしよしと撫でている。
宥めた後に、改めてまっすぐな瞳をこちらに向ける。
「ぜひお願いします」
そこまで言われると無下に断るわけにもいかない。
俺自身も酒は好きだし、イルカもよく飲む方だと聞いている。飲み比べといってもせいぜい一晩飲み明かす程度で、普通に飲むのと変わらないだろうと思った。
「まあ、いいけどな」
「本当ですか! 約束ですよ?」
「わかったよ」
俺が承諾すると、
「ああよかった。ありがとうございます」
なぜかイルカは深々と安堵の溜息を吐き、にっこりと笑った。
そうして俺たちにも紅先生への贈り物を考えておいてください、と言い置いて去っていった。
俺だとて何もケチって買わないと決めたわけではないので、祝うことはやぶさかではない。
今年は何か贈るか、と決めたはいいが。何にしていいかはわからない。
「う〜ん、あいつが喜ぶものねぇ。何だかわからんな」
「そりゃあアレじゃない?」
イルカがいなくなってダラけまくったカカシが、面倒くさげに言う。
「なんだアレって」
「指輪。もう付き合って長いんだろ」
「あ〜」
なるほど、指輪か。
そういえば贈ったことはなかったな。
「そうだな、女は贈ると喜ぶって聞くしな。それにするか」
よしっと勢いをつけて立ち上がる。
「カカシ。お前もちょっと買うの付き合えよ」
「ええ〜俺?」
「俺だけじゃ何を買っていいのかわからんからな」
「そんなの俺が行ったって同じでしょ」
カカシはブツブツ言っていたが、イルカが贈った方がいいって言ってたんだぜと天下の宝刀をちらつかせると、ちゃんと協力したってイルカ先生にアピールしておいてよね、と言いつつ立ち上がった。
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