【りっぱな犬になる方法2】


 その途中、大声で呼び止められた。
「おお、そこを行くは我がライバルカカシ! ちょうどいい、これから一勝負といこうじゃないか! はっはっは」
 いきなり勝負と聞いてどうしようかとおろおろしていたら、
「今忙しいからまた今度な」
とカカシ先生はすました顔で言って、ガイ先生の横を通り過ぎる。
 ガイ先生は残念そうにその場に取り残されていたが、ふっと思い直したのか振り返った瞬間にはもういなくなっていた。
「いいんですか?」
「あんなブルドックは放っといていいんですよー」
 ブルドック。
 ってことは、それなりにガイ先生のことを気に入ってるんだろうな。
 そう思うと可笑しくなった。犬に例えるのは、気に入っている証拠。たとえそれがどんな種類の犬だろうとも。
「でもブルドックって強面の割には性格の穏やかな温厚な犬でしょう?」
「だからあいつは先祖返りのブルドックですよ。知ってます? ブルドックってもともと牛と闘うための犬だったんですよ。あんな小型犬のくせに大きなものに立ち向かうところなんか、暑苦しいあいつにぴったりでしょ」
 嫌そうに言う言葉も実は楽しそうで、微笑ましかった。
 きっとカカシ先生の周りには、ちゃんと理解のある友人が何人も居るのだ。
 そうなると、他の周囲の反応が気になるところだ。できれば誤解だけは避けたい。
「ところで、どうしてあんなに人見知りが激しいんですか」
「え……」
「今日だって話しかけてきた人に返事もしなかったでしょう?」
 いくら人見知りが激しいからと言って、一言も口をきかないなんて評判が悪くなるのも無理はない。不遜な態度と解釈されても仕方のない状況だ。
「だってあの女、臭いんですもん。鼻がヘン曲がるかと思うくらい……あんなに近寄られてる時に口なんか開けたら、窒息死しますよ!」
 あ、香水。
 言われてみれば、たしかにキツめの香水が遠くにいても匂ってきていた。側にいたならなおさらのこと。
 忍びは任務中ならば居場所の特定されてしまう香水などつけたりはしないが、任務が終わって里にいる時は別だ。くノ一ならばおしゃれしたいと思うのは当たり前のことだし。それでも習慣になるからと言ってつけない人も多くいる。
 昼間のくノ一は香水をつけて楽しむ方なのだろう。
「でも、きっとあれ、高い香水ですよ」
 きっと俺なんかが聞いたら目玉が飛び出るくらいの。以前聞いてビックリした。あんな小さな小瓶が何故というくらい高かった。
「高かろうが安かろうが、臭いものは臭いんです。遠ざかるまで息を止めてます」
 表情が硬いと思っていたら、息を止めていたのか!
 普通の人ならば『匂いがキツイから』と言うべき場面でも、どうしても口を開ける気にならないらしい。
 カカシ先生は犬みたいな人だけあって、犬並みの嗅覚を誇っている。そんな人間にとっては、あれは苦痛以外の何物でもないだろう。歩く凶器とも言える。
 息苦しいせいで超絶不機嫌に見えたのか、と納得した。そりゃあ、早くどこかへ行って欲しいだろうなぁ。殺気が漏れるのも仕方がない。
 でも、息を止めている方が窒息死する可能性が高いんじゃないだろうか。心配だ。
 とりあえず明日にでもそれとなく『香水が嫌い』という噂を流しておこう。そんなことで窒息死するなんて馬鹿馬鹿しい。
 結論を捻り出した後、ふと意識を別に向けた。そういえば今日はスーパーの特売日だった!
「買い物をして帰りましょう」
「はーい」
 嬉しそうに尻尾を振りながらついてくる、いや尻尾はついていないカカシ先生と共にスーパーへ赴いた。
 今日の夕飯は何にしようと言いながら見て回る買い物は楽しい。カカシ先生もあれが食べたいこれがいい、と言ってくれるので張り合いがある。
 しかし、特売の玉葱を買い物籠に入れた瞬間、カカシ先生は不審そうにそれを眺めた。
「イルカ先生。これ、買うんですか」
「ええ。安いでしょう?」
 これでしばらく玉葱づくしの料理になりそうだと思ったが、安さには勝てない。
 そう思ったのだが、カカシ先生の様子が変だった。眉間に皺が寄っている。たぶん今は口布で隠れて見えない鼻にも皺が寄っているだろう。
「もしかして嫌いなんですか? 嫌いなものは最初に言ってくださいって言ったじゃないですか」
 天ぷらと甘いものは嫌いだと言われたので、今まで作ったことはない。俺なりに気を遣ってきたつもりだ。
 しかし、玉葱が嫌いだとは聞いたことがなかった。今まで使わなかったのはひとえに偶然の賜物だ。
「玉葱って食べられるんですか! だってこれ、毒でしょ!?」
 好き嫌い以前に、食べられる物という認識がなかったらしい。
 たしかに犬にとってネギの類は毒だ。玉葱中毒を起こす。以前読んだ書物には、『ネギに含まれる有毒成分によってヘモグロビンが酸化され』云々と難しい言葉が連ねてあった。ともかく摂取のしすぎでは死に至る、犬や猫特有の恐ろしい疾病だ。
 しかしいくら犬と一緒に暮らしているとはいえ、自分まで食べられないと思い込んでいるとは知らなかった。
「道理で。よく堂々とスーパーで毒なんか売ってるなぁと思ってたんですよ。へぇ、食べられるのかぁ」
 カカシ先生は、おそるおそる籠の中の玉葱を突いている。
「じゃあ、買うのやめましょうか」
「え、でも、イルカ先生は食べるんでしょう?」
「そうですけど……」
「それなら、俺も食べてみます」
 食べられると今さら言っても、子供の頃ならともかくこれほど大きくなった今、きちんとそう認識できるかは怪しい。毒だと思い込んでいたものが食卓に上るのは気分も良くないだろう。何も無理に食べる必要はない。
「無理しなくていいですよ」
「ん〜、でもイルカ先生と一緒のもの食べたいし」
 そんなことを言う。
「それじゃあ、最初はすり下ろして食べてみましょうね」
 カカシ先生は嬉しそうに「はい」と返事をした。


つづく
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2005.09.18初出
2011.02.05再掲


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