今日はアスマが紅を連れて島へ遊びに来る日だ。
事前に連絡があり、イルカも楽しみにしている。船着き場へは俺一人で迎えに行き、イルカは出迎える準備をすると言って家に残った。
紅は気性のさっぱりした女で、煩わしいのが苦手な俺とは何かと馬が合った。最初はアスマとの共通の友人だったはずが、いつの間にか二人は付き合っていて、鈍い俺は吃驚させられたこともあったが。
「やだ。ホントにカカシがいるわ」
会うなり吹き出されて憮然となる。
「ホントにいるから来たんでしょーが」
「そりゃあそうだけど。想像してるのと実際目にするのは違うじゃない」
「まあ、ようは南国の爽やかさが似合わない男だってことだろ」
「お前ら二人とも失礼な。もう帰れ!」
大きな旅行鞄を放り投げようとすると、笑って誤魔化すアスマにあっさりと持ち上げられた。
「たしか家はこっちだったよな」
「あっ、ちょっと待て。勝手に行こうとするなってーの!」
熊のくせにすたすたと歩き出し、紅もさっさと後をついて行く。こういうところはなんて気の合う奴らだと感心する。
小さな島のこと、ちょっと歩けばすぐに家へ辿り着いてしまう。家の近くまで来れば、俺たちの姿を確認したイルカが駆け寄ってくる。
「いらっしゃい!」
純粋な笑顔で出迎えられ、二人とも思わず笑みが漏れる。
そうだろう、そうだろう。なんたってイルカは可愛いからさ。こんな最高のお出迎えをしてもらえるなんて有り難いと思え。
「また世話になるぜ」
「こんにちは。お邪魔させてね」
「初めまして、クレナイさん」
イルカが挨拶をすると、紅は感激の表情を露わにしていた。
「会えて嬉しいわ。ずっと会いたいって思ってたの」
「俺に?」
「ええ。だって、あのカカシが本気で好きになった人だもの。日本を出て南国の島に移り住むって聞いたときからどんな子か知りたくて、ずっと会ってみたかったわ」
イルカは不安そうに紅を見る。相手の目にどんな風に映るのか心配しているのがわかる。
「こんな可愛い子じゃ仕方ないわね。私も好きになりそうよ」
その言葉にイルカはほっと肩の力を抜く。
「好きなったって、俺のイルカだもんねぇ」
イルカの背後から抱きついて、紅を牽制する。
「はいはい」
それから、イルカが入れた美味しいお茶を飲みながら、四人でいろいろと世間話に花が咲く。この島の暮らしや、アスマ達の仕事の話などなかなか尽きることがない。
しばらくして、イルカがかなり時間が経ったことに気づいて、「ちょっとごめんなさい」と皆に断って庭へと出て行った。
苗の様子を真剣に見ている。家のすぐ側に植えてあるから窓からすぐ見えるというのに、イルカはわざわざ外へ回るのだ。
「何だ、あれ」
「ああ」
アスマに問われて、溜息混じりの声が漏れた。
「イルカは今、あの苗に夢中なんだ」
少し前までおそらく子供たちのことで考えに沈んでいたイルカは、なぜかある日一本の苗を植えた。
しかし、初めて取り寄せた苗は枯れてしまった。南国育ちの木ではなく、環境に馴染まなかったのだろう。
イルカはどんなに肩を落としたことか。何をしていても元気がなくしょんぼりしていた。その後、一生懸命に何かを調べ、おそらく品種改良された苗を再び取り寄せたのだ。
一度根付かなかったせいで気にかかって仕方がないのはわかる。けれど面白くない。
朝起きて夜寝るまでに何度も庭へ様子を見に行く。まるで愛おしい恋人のように。
その甲斐あってか、未だ枯れてはいないのだが。
子供の心配をしていたかと思えば次は苗。ちょっと悲しい。もっと俺にかまってくれればいいのにと思う。
そんな事情があって、アスマ達に簡単に説明すると、紅は感心したように溜息と共に言葉を吐き出した。
「まあ。カカシったら愛されてるのねぇ」
「何がだよ?」
嫌みを言われているのだと思い、不機嫌に返事をすると。
「あら。だってあれ、桜の苗でしょう? カカシのために植えてるんじゃないの?」
「えっ。あれ、桜なのか!?」
全然わからなかった。
「桜って花が咲かないと、知らない人には何の木か分かりにくいのよね」
あまりにも呆然としすぎて、紅の言葉は俺の耳を素通りしてしまった。
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2006.01.21 |