俺がイルカとその苗をじっと眺めていると、
「そんなに気になるなら、行ってくりゃあいいだろ」
とアスマが言う。
「俺らは疲れたからしばらく休ませてもらうぜ」
「……そうね。飛行機に船を乗り継いで、結構時間かかったものね」
わざとらしく欠伸をしたりする。いつも完徹で一晩飲み続けるような人間どもがよく言う。
珍しく気を遣う二人に驚きながらも、今はありがたく厚意を受け取ることにした。イルカと二人きりで話したかったから。
前々から用意しておいた部屋に案内してから、庭に出て苗の側へと近寄っていくと、イルカが振り返る。客の相手をしていなくていいのか、と問いかけたげな表情をした。
しかしそれは無視して、ちょっと触っただけでポキンと折れそうな枝を眺める。小さな小さな緑の葉がところどころに出ていた。
「イルカ。これ、桜の木なの?」
そう尋ねると、イルカは弾かれたように俺の方を見、頬を染め恥ずかしそうに俯いた。
「わかってた?」
「いや、紅に教えてもらった」
正直に告げると。
「そう。咲いたらビックリさせようと思ってタのに……」
イルカは残念そうに枝を撫でた。
「今でも充分ビックリだよ」
桜は母の好きだった花で。その話はイルカにした覚えがある。俺自身は好きかと問われると非常に曖昧だが、たぶん好きだろうと思う。
「ありがとう、イルカ。俺のために植えてくれたんだよね?」
そう尋ねると。イルカは首を横に振る。
「違う」
それきり黙ってしまった。
違うって何が? 俺のためってところ?
問い質したかったけれど、イルカが自分で説明してくれるのを待とうと思った。
しばらくすると、イルカは躊躇いがちに口を開いた。
「一番だって……」
「え?」
「生まれた島が一番だから、帰りたくなるんダって」
それはイルカを安心させるために言った言葉。
子供たちなら島へ戻ってくるから大丈夫って言ってたはずなのに。納得したはずなのに。どうして今その話になるんだろう。
首を傾げてイルカの話の続きを待つ。
「カ・カシも生まれた島に帰りたい……よね?」
「あ!」
俺のことだったのか。
たしかにあれは島国だから島と言えないこともないが、大きすぎて島という意識はまったくなかった。いや、島という名称はこの際たいした問題じゃない。
つまり生まれ育ったところに帰りたいのか、と。
そういう意味なのだろう。
「帰りたいカ・カシを無理に引き止めるのは俺のワガママ。せめてこの木がココで育ったら、少しは寂しくないかと思って……」
だから帰らないでほしい、と最後まで言い終わらないままイルカは口ごもった。
イルカは、俺が日本を捨ててこの島に移り住んだことをいつも気に病んでいる。何かの拍子に言動に表れる。
「ずっと一緒だって言ってるのに、信じてくれないの?」
「だって……」
島へ帰る話をしていて不安になったのだと言う。子供たちは帰ってくると信じるとして、それじゃあカ・カシは?と思ったらしい。
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