【落としものには福がある5】


どうして書類を取ってくることを躊躇うのだろう。
親切なカカシ先生が面倒という理由で渋っているとは思えなかった。
アカデミーの職員室、あるいは俺の机に近づきたくない理由……もしかして無理矢理俺の休暇をもぎ取ってくれたから気まずくて?
それはありうると思った。普通は休みが貰えるはずがないのだから。
きっとカカシ先生が口添えしてくれたに違いない。
でもいったい誰に許可を貰ったのだろう。
「あの、報告は誰にしてくださったんですか?」
「え」
「休暇の許可はその時貰ったんですよね?」
「あ、ああ〜……誰だったのかな。名前は知らなくて……」
ああ、そうか。アカデミー教師の名前なんてわからなくて当然か。
質問の仕方を変えなくては。
「じゃあ、どの席に座ってる人でしたか」
「えっ。えーっと、入口から入ってすぐの席だったかな」
「どんな人でした? 顔の特徴だけでもかまいません。教えてください」
「はぁ、その……」
「…………」
やっぱりおかしい。
教務主任や教頭の席は入口とは逆の窓際にある。
カカシ先生にとってあまり興味のないことで覚えてなかったにしても、あまりにもかけ離れていると思った。
しかもこの話題になってからカカシ先生が視線を合わせようとしないのだ。心なしかそわそわして落ち着きがない。そして曖昧な答え。
これはあれだ。
嘘をついている子供と同じ。寸分の狂いもなくまったく同じ。
そして、今嘘をついている内容を想像してみる。
「カカシ先生」
「はいっ」
「正直に答えてください。俺は嘘は好きじゃありません」
「は、はい」
カカシ先生は神妙に頷く。
「休暇を許可したのは誰でしたか」
「……すみません、嘘をつきました。ごめんなさい、イルカ先生!」
さあ、これから追求しようと腕まくりをし始めた時点であっさりと白状された。
ちょっと拍子抜けだったが、元々あまり嘘をつかない子供は慣れないからすぐ正直に言ってしまうものだ。そう考えるとカカシ先生の言動もおかしくはなかった。
「やっぱり休みだなんて嘘だったんですね。もしかして俺は無断欠勤になってるんですか?」
「あ、いや、無断欠勤にはなってません」
「それじゃあ有給休暇を取ってあるとか?」
ここは頷いてもらいたかった。どうかそうであってほしいという願望だ。
無断欠勤だなんて、後のことを考えると頭が痛い。どれだけ嫌みを言われるかわからない。それくらいなら少ない有給を使ってあった方がどれだけマシか。
「いえ……まだ任務中扱いなので」
カカシ先生は申し訳なさそうに小さな声で言う。
聞き逃しそうになったその内容に呆然とさせられた。
任務中扱いってことは、つまり俺がまだ任務から帰ってきていないという意味なのか。
「もしかして帰還の報告もまだなんですか!?」
「……はい、すみません」
思わず大声を出すと、カカシ先生はすらりとした身体を縮こまらせた。
「どうして!」
さすがにそれは怒らざるを得なかった。
報告は忍びの義務、それを怠っているということだ。
それが本当ならここでのんびり休んでいる場合じゃない。
「今すぐ報告に行かないと」
「ちょっと待ってください、イルカ先生!」
慌てて立ち上がりかけるとカカシ先生に制止された。
「三ヶ月は届けないでここに居てもらわないと」
意味不明の言葉に困惑する。
「言ってる意味がよくわからないのですが……」
説明してもらいたい。
じっと顔を見つめると、カカシ先生はしばらく躊躇った後切り出した。
「最初から話すと長くなるので端折りますが……イルカ先生。怒らないで聞いてくれます?」
「はい」
ここは頷いておかなくてはいけない。
子供相手でも、たとえ後で怒ってしまうにしても『怒らないから』と方便を言うのは大事なことだ。


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2008.03.22


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