【落としものには福がある6】


しかし、カカシ先生の口から出てきた言葉は意外すぎて、理解するのに時間がかかった。
「前から好きでした」
「は? 何を?」
「イルカ先生を」
「ええ!?」
「イルカ先生のことが好きだったから、今回はチャンスだと思ったんです」
つまりカカシ先生が言うには、前々から好きだった人間が目の前に転がっていて幸運にも拾ったということだった。
なんという衝撃的事実。
またしても呆然とさせられた。
しかしそこで疑問が生じる。
なぜ報告しなかったのか、ということだ。
そう尋ねるとカカシ先生は真剣な顔で口を開いた。
「知ってますか、イルカ先生」
「何をですか?」
「遺失物法が改正されたんです」
「は?」
遺失物法。それが改正されたから何だと言うのだろう。話を誤魔化されているんだろうか。
俺は少し悲しくなった。
「だから、三ヶ月なんです」
「は?」
何が『だから』なんだろう。さっきの話と何の関係が?
「三ヶ月落とし主が現れないと、拾ったものは丸々俺のものなんですよ!」
「…………」
「今届けても一割しかもらえないじゃないですか!」
真剣に、それはもう真剣にそんなことを主張する上忍。
本気だ。これは冗談でもなんでもなく本気なんだ。
それだけはわかった。
もうどこから突っ込んでいいのやら。
とにかく間違いは正しておかねばなるまい。
「あのー、拾ってからすぐ届けないと遺失物横領罪で一割も貰えないんですよ?」
「ええっ」
俺の言葉はよほど衝撃だったのか固まっている。
「っていうか、落とし主は俺なんで、三ヶ月経っても拾ってくれたカカシ先生のものにはなりません」
追い打ちをかけるように言うと、悲鳴のような声が上がった。
「そんな馬鹿な!」
こっちがそう言いたい。
「落としもの自体が落とし主本人なんてありうるんですか!」
「ありうるんです、この場合」
ありうるというか、人間を落としものと認識すること自体間違っているのだが。
カカシ先生にとってそれはなんら矛盾することのない論理らしい。
信じ込んでいたことを否定されガックリと肩を落とす姿は、哀れを誘う。いやいや、ここで情にほだされてはいけない。
「じゃあ、一割! 一割はもらえるんですよね!」
諦めきれないのか食い下がってくる。
そうくるか。
「だって拾ったお礼は貰わないと」
期待に瞳を輝かせている。
「ちなみに一割ってどういったことが含まれてるんですか?」
「え? えーっと、一緒にご飯を食べたり、頬とか頭を触ったり撫でたり、時には抱き締めたりできる権利です」
「……なるほど」
それがカカシ先生にとっての一割なのか。
ちょっと笑いそうになってしまった。
住む世界が違うと思っていたエリート上忍が、こんな常識はずれでこんな可愛い人だとは思ってなかった。
驚くやら呆れるやら感心するやら、もう大変だ。
でもガッカリはしなかった。
それはきっとそういう意味なんだろう。自分はきっと嬉しいんだろう。
「じゃあ特別に。公衆の面前じゃなかったらいいですよ」
お礼だから仕方ありませんね、みたいな態度で言ってみる。
「ホントですかっ。よかった!」
本気で喜んでるなぁ。
「俺、イルカ先生を拾えて本当によかった。だって拾ったのが俺じゃなかったら、一割は他のヤツがかっさらってくところだったんだから」
たとえ他の人間に助けてもらっても、その一割の権利とやらを与えるつもりは毛頭ない。もちろん相手だって要らないだろう、そんなもの。
欲しいなんて言うのは、目の前の上忍くらいだ。
「念願叶って嬉しいです」
カカシ先生はとっても嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て、そのうち三ヶ月経つ頃には一割どころか十割この人のものになってるかもしれないな、と密かに思った。


END
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2008.04.05


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