【黄金伝説ふたたび】前編

黄金伝説』の続き

ずるずるずる。
ずずず。
普段は不愉快きわまりない音も、今日は気にならず足取りも軽い。
毎年辛くて憂鬱な春も、今年は素晴らしき春。
なぜならば。苦節一年の歳月を経て、今日からイルカ先生と同棲する運びになったのだ。
親の遺した借金を返すべく節約生活を続けてきたイルカ先生は、先日ようやくすべての借金を返済し終えた。
イルカ先生はもちろんのこと、俺も喜んだ。手に手を取って共に喜び合い、どさくさに紛れて『これを機に一緒に暮らしましょう』と言うと、イルカ先生は頷いた。
後でたとえ浮かれていたからと言われても撤回できないよう押し切って、さっさとうみの宅へと荷物を運んでおいたから抜かりはない。
というわけで、今日から新しい生活の始まりなのだ。
それまで毎日のように家へと通ってはいたものの、通うのと一緒に暮らすのは全然違うはず。ドキドキと胸を躍らせながら扉の前に立つ。
コンコンとノックして待っていると、内側から扉が開く。
「カカシ先生、おかえりなさい」
「た、ただいま」
笑顔で出迎えられて、夢じゃないことに満足する。
しかも『おかえりなさい』だって!
「合い鍵使えばよかったのに」
「ああ! 忘れてました」
そういえば、鍵を貰っていたのだった。
いやいや、使う楽しみは今度に取っておこう。そんなことを考えながら部屋に上がる。
「あれ? カカシ先生、目が赤いですよ?」
イルカ先生が顔を覗き込んでくる。
「あ〜。これ、いつものことです」
ずずずと鼻をすすって口布を取った。
「今の季節は特に花粉がひどいから」
「え! カカシ先生、花粉症なんですか!」
「はい〜」
そう。実は俺は花粉症なのだ。
花粉とは空中を飛んでいる憎っくき敵。鼻はもちろんのこと、唯一晒している右目を攻撃してきて脳細胞にまで影響を及ぼす。
今の時期、外はスギ花粉が真っ盛りだ。
「でも、去年はそんな素振りは……」
「去年は花粉の少ない年だったし、普段は口布で防いでるからあまり影響ないんですよ。今日は山での任務で一日中花粉に晒されていたから、さすがのコレも花粉を通しちゃって」
下ろした口布をびろんと引っ張った。
「もしかしてカカシ先生、その口布は……」
「そうです。これは、花粉はもちろんウィルスだって毒霧だってシャットアウトの優れもの! そのくせ呼吸は全然苦しくないという、特許出願中の代物ですよー!」
「そうだったんですかぁ」
イルカ先生は瞳を輝かせ、物珍しそうに眺めている。
そんなに興味があるなら、今度予備のアンダーをプレゼントしてペアルックを目指そう。
そう心に決めた時、イルカ先生が心配そうに眉を顰めた。
「でも、花粉症だと困りますね。ちゃんと治さないと駄目ですよ」
「治すと言ってもこればかりは……」
なんといっても花粉症だし。
「カカシ先生、知らないんですか? 花粉症は治った例もあります。食事療法も有効だそうですよ」
「えっ、そうなんですか?」
知らなかった。不治の病かと思っていた。
「じゃあ、明日からさっそく花粉症に効く食事にしましょうね」
「イルカ先生……」
俺のために。
そう感じて、じーんと胸が熱くなった。
借金がなくなったからといって、節約生活が劇的に変化することはなかった。『もう習慣になってしまって……』と躊躇うように言うイルカ先生に、もっともっと贅沢するよう強制するのは酷というものだ。
そんなイルカ先生が、節約のためではなく花粉症のために力を尽くしてくれると言う。
これはまさしく愛。
こんなに幸せでいいのか、と思ったのが悪かったのか罰が当たったのか。
次の日から涙なしでは語れない日々となったのだった。


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2006.04.08


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