一日の仕事帰りのラーメンは格別美味い。
任務が終わって馴染みのラーメン屋へと足を運ぶのが、俺の唯一の楽しみだ。
「オヤジ、ラーメンひとつ」
「はいよ」
できあがったラーメンは、いつも通り湯気を立ててカウンターに出てくる。いつも通りのささやかな幸せ。
ふと気づけば、夜空には月が出ていた。
のれんをめくり、どんぶりを片手に空を見上げた。満月だった。
「いい月夜だねぇ」
どんぶりの中の汁に満月が映っていた。中の汁を箸で一回ししてから、麺をすくい上げようとしたその時。
ぼふん。
突然煙が出現した。
「げほっ」
煙が喉に絡んで咳が止まらない。
すわ敵襲かと思って身構えたが、殺気も感じられず拍子抜けした。
そのかわり、目の前に何か小さい物がふわふわと浮いている。
「なんだ、これ」
幻術か?と思いつつ、触るために注意深く手を伸ばしたとき、突然音を奏でた。
「はじめまして!ラーメンの精です。あなたの願いごとを三つ叶えるためにやってきました!」
「は?」
目の前のちんまりした物体はわけのわからないことを言った。
「ラーメンの精?」
「はい。ラーメン王子を呼んだのはあなたですよね?」
「いや、呼んだ覚えはないけど……」
くりくりと大きな目玉に、でっかい鼻傷。ぴょこぴょこと動くポニーテールは漆黒の黒髪。鍛錬時に使うクンフー服よりも豪華な刺繍をほどこしてある服を着ている。
頭のてっぺんから足の爪先までじろじろと眺める。どう見ても小人。生きて動いていて、人形には見えない。
「満月をラーメンの汁に映して箸をかき混ぜるのは、ラーメン王子を呼び出す合図です。呼んだのはあなたでしょう?」
知らなかった、そんなおまじないもどきの行為が本当に妖精を呼び出すとは。まったくもって非現実的だ。
「あなたのお名前は?」
「カカシだよ」
「俺はイルカと言います。カカシさん、叶えられる願いごとは三つです。なんでも言ってください!」
イルカと名乗る妖精は、期待に目を輝かせて見上げてくる。
しかし内容は胡散臭い。
「いくら?」
「え?」
「それ、いくらかかるの」
願いをただで叶えるはずがない。どんな任務だって請負料金は発生するのだ。
「もちろん、お金はいりません」
にこっと笑顔で答えるイルカ。
「無料なわけないでしょ」
ただより高いものはない。警戒を強めて不審な視線を向ける。
「いえ、ラーメンを愛する人からお金なんてもらえません。それにこの世界のお金をもらっても、俺たちには価値がありませんから」
しかし俺の態度にもめげず、イルカはそう言って人のよさげな顔で笑っていた。この平和そうな顔で人を騙すようにはとても見えなかった。
そのままふよふよと浮かんでいるので、ラーメン屋のオヤジに見えて不審がられないかと心配になった。虫と間違えて叩き落とされそうだ。
聞いてみると、
「大丈夫。ラーメンの精は呼び出した人間にしか見えないんです」
などとのんきに答える。
そんなご都合主義な!と思ったが、実際オヤジはイルカが目の前を横切っても無反応だった。
なるほど。俺にしか見えないのは本当らしい。
ひそかに写輪眼を発動してみたが、怪しい幻術などの痕跡はなく、どうもマジもんの妖精のようだった。
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