この時点ですでに信じている俺もどうかと思うが、忍びは順応力が早いのが取り柄。妖精というならば妖精なのだろう。
しかし、願いごとを言えといわれても、願うことは特にない。何かあったとしても自分の手で叶えればすむことだし。
「願いごとはなーいよ」
「えっ、そんな!」
みるみるうちに表情がしぼんでいく。
「三つの願いを叶えなければ、ラーメンの国に帰れません……」
イルカはもはや涙目になり、ふるふると震えていた。
妖精にもそれなりの事情というものがあるらしい。ちょっと可哀想になり、それならば適当な願いを言ってとっとと帰れるようにしてやろうかと仏心が働いた。
「んー、じゃあチャーシューもう一枚ちょうだい」
どんぶりを箸で指しながら言うと、ぱぁっと顔が輝く。
「はいっ。頑張ります!」
ぎゅっと目をつぶって、むーむーと唸り始めた。顔を真っ赤にしている。
そんな難しい願いごとだっただろうか。ラーメンの精なら簡単かと思ったんだけど。
「えいやっ」
掛け声と共に、ぼふんと煙が立った。どんぶりの中にはこんもりとシナチクの山が鎮座していた。
「シナチクだけど……」
「あれ?おかしいな。なんでだろ」
イルカはおろおろとラーメンを覗き込もうとどんぶりのふちに立ち、足を踏み外し滑った。
「あっ」
熱いラーメンの汁に顔面から頭を突っ込むすんでのところで摘み上げる。上忍の反射神経がなければ大やけどを負っていたことだろう。
本当にこれがラーメンの精なんだろうか。
「す、すみませんっ。俺、半人前のラーメン王子なんで……」
なるほど。
「でも、まあ、これで一つ使ったわけだから……」
あと二つか、と頭をひねった。
「とんでもない!チャーシューじゃなければ駄目なんです。願いごとはちゃんと叶えられなければ一回に数えられません」
やはりシナチクでは願いを叶えたことにならないらしい。
「ちゃんと願いを叶えられるよう頑張ります!できるようになるまで、もうしばらく待ってください」
三つの願いを叶えると言っていたけど、こんなことではいったいいつになったらイルカが国へ帰れるのか想像もつかなかった。
なんて面倒くさいことになってしまったんだろう。俺は運が悪い、と溜息をつく。
ラーメンを食べ終わり店を出れば、イルカは当然のようについてきた。俺の肩にちょこんと乗っかり、ラクチンですなどと言って喜んでいる。
「三つの願いごとを俺が叶えるまで、ずっと側にいます」
イルカは、にこにことそう言う。
そんなわけで、なぜか俺の家にラーメン王子がやってきて、住みついてしまったのだった。
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2005.07.07
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