それからは、一人暮らしで味気ない毎日を送っていた俺に変化が訪れた。
一番大きかったのは、必ず家で食事を摂るようになったことだろう。主に自炊。
精霊といえどお腹は空くようで、放っておくわけにはいかなかった。
イルカは小さい割にはよく食べる。好き嫌いはないが、その中でも一番喜ぶのがラーメンだ。
「イルカー。ラーメンできたよー」
呼ぶと、文字通りすっ飛んでくる。
ラーメンを前に、にこぉと嬉しそうな笑顔を振りまくイルカ。本当にラーメンが好きなんだなぁ、と微笑ましく思う。
イルカは普通のどんぶりで一人前は食べている、このサイズで。よほどのラーメン好き。いや、ラーメンの精なのだからラーメンと一心同体なのかもしれない。しかし、いったいこの身体のどこに入るのかは、いつまで経っても謎だ。
「今日は野菜ラーメンだよ」
「はいっ、頑張ります」
何を頑張るかというと、もちろん例のチャーシューを出すのだ。一応イルカの希望によりチャーシューは入れてない。
イルカはむーむーと唸り出し、眉間に皺が寄る。
「えいやっ」
ぼふん。
煙が薄れていくのを二人で固唾を呑んで見守る。
しかし、どんぶりの中にチャーシューは見当たらなかった。そのかわり、煮玉子が二つのどんぶりに一つずつ。
「今日も駄目だった……」
イルカがガックリと小さな肩を落とした。
「あっ、でもほら!煮玉子だよ、イルカ。美味しそうじゃない。ちょうど食べたかったんだよねぇ」
励ましながら、出てきた煮玉子をころんと転がしてみると、裏側に大きな穴が開いて欠けていた。
「ぷっ……くく」
あまりにも可笑しくて笑いを止めることができなかった。
イルカは呆然とした後、ぼろぼろと大粒の涙を零し始めた。
笑わなければよかった。懸命にやっているのに俺って奴は可哀想なことを。
「うわぁぁ、ごめんなさい、カカシさん!」
わんわんと泣き出すイルカを、必死に宥める。
「きっとイルカは頑張らなきゃって肩に力が入りすぎているんだよ。大丈夫。力が抜ければ、ちゃんと魔法も使えるようになるよ」
ぐずぐずと鼻を鳴らし目を真っ赤にさせながらも、イルカは『本当?』と言うように見上げてくる。力強く頷いてやると、ようやくえへへと照れて笑った。
「さ。冷めないうちに食べようか」
そう言うと、にこっと笑って「はい」と返事をする。
イルカは小さくてもすべてに対して一生懸命で、笑ったり泣いたりするのも全力投球だ。それはなんだか今まで忘れていた何かを思い出させてくれる。
小さい身体でずるずるとラーメンを啜る姿を、俺は飽きもせず眺めるのだった。
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