【ラーメン王子4】


家に帰ると、ちゃんとイルカの姿があった。
ほっと安堵すると共に、嬉しい気持ちがじわじわと滲んでくる。
「イルカ、ただいまー」
「おかえりなさいっ!」
小さいイルカは、ぱぁっと顔を輝かせてトテトテと駆け寄ってくる。
そして、急いで足がもつれたせいか何もないところで思いきりコケた。顔からヘッドスライディングだった。
「イ、イルカっ。大丈夫?」
上げた顔は、鼻の頭が真っ赤に擦れていた。痛みのあまり目にはじわりと涙が滲んでいる。
声を上げて泣き出すかと思いきや、小さい手を膝の上でぐっと握りしめて耐えている。
「がっ、我慢です」
唇を噛みしめて我慢する姿は、可愛いけど痛々しい。
「痛かったら泣いてもいいんだよ?」
「あんまり泣いたらカカシさんに迷惑ですから」
などと言う。
「そんなことないのに」
泣き出されるとおろおろするけれど、うるさいと思ったことはないなと今さらながら気づいた。
「でも、俺はラーメン王子なんだから、ちゃんとしなくちゃいけないんです」
イルカは自分で言って、自分で納得して頷いていた。
そうか、ラーメンの精の世界もなにかと大変なんだなぁ。他の王子もそうなんだろうか。
「そういえば、イルカに聞きたいことがあるんだけど……」
「なんでしょう?」
きょとんとしながら、イルカは答える。
「もし、満月の夜に他の人間がラーメンの精を呼び出すおまじないをしたら、イルカはどうなるの?」
俺の問いに、なんだというように笑顔を振りまく。
「一人の願いごとをちゃんと叶えるまで、他の呼び出しに応じるわけにはいかない決まりなんです。だからおまじないをしたからといって、必ずしもラーメン王子が現れるわけじゃないんですよ?」
ずっと不安だったことも、イルカ自身に確認できてひどく安心した。
そして、それなら願いが叶わなければずっと側にいるんだと思ったら、どうしようもなく嬉しくなった。
「そっか。じゃあ俺はものすごいラッキーだったんだね、きっと」
何も知らなかったのに、偶然呼び出す手順をなぞった俺。まさに奇跡に近い。
呼び出しても現れない確率は高いのだろう。誰かの願いを叶え終わり、次の願いを叶える前に呼び出さなくてはならないのだから。その隙間を意図的に狙うことは不可能だ。
有名なおまじないだそうだから、たくさんの人間がいつもラーメンの精を待っている。会いたいと願っても、きっと一生に一度巡り会えるか会えないかに違いない。
自分の幸運に感謝した。
「俺もこんなに親切にしてもらえるなんて、カカシさんに呼び出されてラッキーでした」
満面の笑みのイルカ。
「そう?だったらいいけど」
イルカが俺でよかったと思っているならば、それに越したことはない。俺も嬉しく、イルカも嬉しい。なんて幸運。
「はいっ。だから、カカシさんに喜んでもらえるよう、今日も頑張ります!」
気合いを入れて拳を握りしめるイルカに、苦笑しながらラーメンを作るために俺は台所へと向かった。


できあがったラーメンを前に、イルカは懸命に呟いている。
「チャーシュー、チャーシュー」
そうすることで精神統一をしているのか、かなりの時間ラーメンを睨みながらそうしていた。
それからおもむろにいつも通り唸り始める。
「えいやっ」
煙の中から出てきたものは。
「海苔……みたいだね」
「うぐっ」
泣き出す寸前で止めようと頑張っているため、イルカはすごい顔になっていた。真っ赤な顔に膨れたほっぺた。溢れそうな涙と垂れそうな鼻水。
その仕草がいちいち可愛らしくて、泣く姿を見るのは可哀想だけどとても楽しい。その光景を眺めながら考える。
チャーシューを出さなければ一つめの願いすら叶えられないというイルカ。
しかし、俺はできれば一生叶わなければいいと思った。これはイルカには絶対内緒。
もし叶ってしまったとしても、後の願いは二つ使ってもいいから、一生側にいて欲しいと願ってもいいだろうか。
それが俺の本当の願いだと言ったら、イルカはどんな顔をするだろう。
でも、一つめはまだまだ叶いそうにないから言う必要もない。
「ゆっくりでいいんだからね」
そう言うと、俺の密かな計画も知らず、イルカはぐずりと鼻を鳴らして頷く。
そして、時間が経つにつれそわそわと落ち着きをなくしてどんぶりに視線を送るイルカへ、喜びそうな言葉をかける。
「じゃあ、食べようか」
「はい!」
イルカは嬉しそうに頷いた。
どんぶりの縁いっぱいに、まるで花びらのように飾られている海苔ラーメンを二人仲良く食べた。ただそれだけで幸せな気持ちにしてくれるラーメン王子の威力に感服する俺だった。


END
◇NさんとNさんに捧げます。
●back●
2005.08.06


●Menu●