【ラーメン王子3】


「お、カカシ。もう帰るのか」
「ん」
同僚が声をかけてきても、任務が終わればさっさと帰る。
「飲みに行かないか」
「帰る」
どんな誘いも揺るいだりしない。
だって家にはイルカがお腹を空かせて待っているから。早く帰らなくちゃ。
「なんだ。新しい犬でも飼い始めたのか?」
「ん〜、そんなもんかな?」
適当に返事をしながら、振り向かずにひらひらと手を振る。相手は諦めたようだった。
犬ではないけれど、世話をするという点では似たようなものかもしれない。でも犬とはちょっと違う。
犬よりもよく泣くし、よく笑うし、よくしゃべるし、表情豊かだ。今日もまたチャーシューが出せなくて泣くんだろうか。
でも今までの生活に比べたら、毎日がびっくり箱みたいで楽しい。
そんなことを考えながら家路を急ぐ。
その途中に、任務の終わったくノ一たちが集まっていた。どうやら井戸端会議のようで、かすかに声が聞こえてくる。
「知らないの?ラーメンのスープに満月を映して掻き回すと、ラーメンの精が出てきて願いを三つ叶えてくれるのよ」
「うっそぉ」
「けっこう有名なおまじないよ?」
などと言っている。
「そうなの?」
思わず口を出していた。
「え?」
急に声をかけられたくノ一は、驚いて振り返ったまま固まっている。
突然話しかけて悪いことをしたな、とは思ったものの、話題が話題だけにどうしようもなく気になった。
今まで知らなかったが、本当にそういうおまじないは存在したのか。いや、イルカがいるってことは本当なんだろうけど、有名だとは思わなかった。
「本当?けっこう有名っていう部分」
「は、はたけ上忍!」
固まった表情がいつまでたっても解けていかないのを見て、あーなんか場違いなところに顔を出して疎まれているのかなぁと困り果てた。しかし、ここで引いて情報を逃すわけにはいかなかった。
「ラーメンの精の話だけど。教えてくれない?」
「はっ、はい」
ようやく上官には協力しなければと思い始めたのかもしれない。その後はいろいろと教えてくれて助かった。
おまじないはやはり本当で、知っている人間は多いという。
「あの……ラーメン王子はラーメンの種類の分だけいて、味噌ラーメン王子とかとんこつラーメン王子とかがいるんですぅ……」
「そうなんだ」
じゃあ、あの時食べていたのは醤油だったから、イルカは醤油ラーメン王子なんだ。
そして、はたと気づいた。
もし誰かが醤油ラーメンでおまじないをしたら、イルカはそっちに呼び出されるのだろうか。
三つの願いを叶えるまでどこかに行くことはないだろうと思いはするものの、元々無償で願いを叶えるということ自体破格の出来事なのだ。途中でいなくなったとしてもこちらが抗議するべきことではないだろう。しかも抗議すべき相手の居場所すらわからない。
途端に不安になってきた。誰かに呼び出され、今この瞬間にイルカがいなくなっていたらどうしようかと思う。
もちろん今日は満月じゃないし、夜でもないから今この瞬間というのは単なるたとえなのだが。それでも、次の満月の夜に消えてなくならない保証は今はない。
「じゃあ悪いけど、もしおまじないするなら味噌ラーメンにしてよ」
「はっはい!はたけ上忍がそうおっしゃるなら!」
「味噌ラーメンがお好きだったんですね。知りませんでした」
いや、ぜんぜん。
なんか周りに勘違いされたみたいだったが、理由は言わないでおいた。醤油ラーメン王子は俺のところにいるから呼んじゃ駄目、なんて言えるわけがない。
「ありがとうね」
「いえっ、お役に立てて光栄です」
その場で礼を言って別れ、さきほどよりもさらに足早に家へと向かう。
早くイルカの顔を見て、ちゃんと存在するのだと安心したかった。


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2005.07.30


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