結局友人のことは言い出せず、しばらく一緒に犬と遊んだ。
尋ねてきた理由を追及するわけでもなく、犬が好きだから遊びに来たのだと思っているのかもしれなかった。
帰るときには、玄関まで名残惜しそうに見送ってくれた。
「イルカ先生、また遊びに来てくださいね」
「はい。また来ます」
またいずれ、とは思っていたが、
「いつですか!明日ですか!明後日ですか!」
と意気込んで聞かれる。
そんなに楽しみにしているんだろうか。
確かに上忍の家に気軽に遊びに来る人はいないのかもしれない。きっと寂しいのだろう。
そう考えるとつい
「じゃあ、また明日」
と答えてしまう。
「俺、アカデミーまで迎えに行きます」
にこにことそんなことまで言い出す始末。
断っても、どうせ任務が終われば暇だから、と強引な理由で約束されてしまった。
困りながらも本当に犬みたいに懐く人だなぁと思う。
気に入った人間にはお腹を曝して全力で構ってもらいたがる。
以前は人間を犬に例えるなんて、と思っていたのに、今はまんざら嘘でもないと思ったりして。
苦笑しながらも
「また明日」
と指切りして上忍の家を後にしたのだった。


次の日、振られた友人が泣いていないか心配になって会いに行った。
泣いていないにしても傷ついているだろう。
そういう意味で言っているんじゃないと伝えたかった。
「俺は嬉しかったよ。はたけ上忍は誤解されやすい人だけど、本当に犬が好きなのは知ってたから。コリーって言われて、ああこの人は自分のことを気に入ってくれてるんだと思った。恋愛対象にはなれなかったけど、何か嬉しかったんだ」
彼はちゃんと物事の本質を見抜く人だった。わかっていたんだ。
それなのに俺は、自分一人で勝手に誤解して怒って騒いで、恥ずかしいよ。
「そうだな。俺なんて柴犬って言われたよ」
何気なく言った言葉に、友人は眼を見開いて驚いた。
なにか変なことを言っただろうか。
「そうか。うん。イルカだったら許せるな」
相手は一人で納得してしまった。
「何?」
「あの人、柴犬が一番好きだって言ってたよ」
何が楽しいのかクスリと笑った。
『柴犬が一番好き』。
で、俺が柴犬ってことは。
「え、ええーっ!」
「で、イルカはどうなんだ?」
「どうって……」
「好きって言われたんだぞ」
「ちっ、違うよ。きっとそういう意味じゃない!」
「違わないと思うけどね」
目が示した先には、銀色の髪をした上忍が遠くから手を振っているのが見えた。
「イルカ先生ーー!」
満面の笑みで大きく手を振る姿は、とても噂の写輪眼の持ち主とは思えなかった。
きっと尻尾があったら、ちぎれんばかりに振っているだろう。
本当に犬みたいな人。
「じゃあな。頑張れよ」
肩をポンと叩いて行ってしまおうとする彼の眼は、優しく笑っていた。
失恋して泣いていないのはよかったけれど、そんなことを言われても困る。
そりゃあ、嬉しくないかと言われれば嬉しいんだけど。
どうしたらいいかなんてわからないよ。
途方に暮れていると、駆け寄ってきた犬、もとい上忍に手を引っぱられる。
「早く行きましょー」
その笑顔を見てしまったら、今さら気まずいから行きたくないと言うわけにもいかず、引っぱられるままに歩き出してしまった。
嬉々として散歩を楽しむ犬を連想しながら、この先俺はどうしたらいいんだろう、と頭を悩ますのだった。


END
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2002.11.23


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