「カカシ、お疲れ」
「あー、お疲れ」
任務は無事終了し、仲間達と挨拶を交わした。
思ったよりも大人数の出動となったこの任務も、ようやく終わった。
もうすでに暗部を抜けた俺まで駆り出して、近年になく大がかりなものだった。
忘れかけていた前線の緊張が甦ってきて、戦闘意欲が体中を満たしたが。
それももう終わり、後はもう里に帰るだけ。
この時間なら、あの人はもう寝ていることだろう。
初めて恋したあの人。
安らかな眠りにたゆたう姿を想像して、胸が締め付けられるようなくすぐったいような変な気分だ。
はやく帰って、笑っている顔が見たい。声が聞きたい。
好きだ、と言っても相手にしてくれないツレナイ人だけど。
そんなことばかりを考えていたが、ふと目に付いた人物がいた。
「あれ?今回、あいつも参加していたのか」
「誰のことだ?」
「ほら、あの白狐の面だよ。暗部は引退したと思ってたけど」
「ああ。ホントだ。お前みたいに臨時に呼び出されたんだろ。たしか三年前に暗部を辞めたはずだから」
白狐、とは面識があるわけじゃない。
同じ部隊にならなければ、面を取ることもなく、顔も知らない。
ただ、有名ではあった。
強い、と。
それは噂だけでなく、遠目に見ているだけでもわかることだった。
凜と立つ姿は隙がなく、すらりとした脚は全く音を立てずに歩く。
それを見つめていて、自分の中にある何かに引っかかった。
あの腕、足、立ち居振る舞い。
何かが思い出せそうで、思い出せないもどかしさ。
喉元まで出かかっているのに、出てこない。
そして、近づいてくる姿を見ている瞬間にひらめいた。
馬鹿馬鹿しいくらいありえない想像だ。
それでも抗えないくらい大きくなる確信。
自分の眼は確かにそうだと肯定するのに、頭はありえないと否定してしまう。
研ぎ澄まされたチャクラの量も、その隙のなさも、決してそうとは思えない。
事実を確かめたい欲望と、それを否定したい願望。
それを確かめてからどうするかもわからないまま、声を発してしまっていた。
「もしかして……イルカ、先生?」
「……やっぱりバレましたか」
返ってきた声は、早く聞きたいと望んでいたのと同じ声。
面をつけているため、少しくぐもってはいたけれど。
少し溜息混じりなのはきっと気のせいじゃない。
「本当にイルカ先生?」
「そうですよ。わかって声をかけられたんでしょう?」
「ちょっと半信半疑で…」
自信なげに言い淀むと、面の中でクスと笑われた気がした。
「火影様にどうしてもと言われて、のこのこ出てきてしまいました。どうしてわかったんですか?お面をしているのに」
「そんなの、いつも言ってるでしょう?」
「え?」
「あなたを好きだからですよ」
「また、そんな冗談ばっかり」
ああ、このつれなさはまさしく本人。
イルカ先生以外の何者でもない。
「本当ですよ。俺が好きな人を見間違えるはずがありません」
いつもと同じ声なのに、目の前には無粋な面しかないのが耐えられなくなる。
俺の好きなあの瞳を見せて欲しい。
声に出せば叱られそうな願望を叶えるため、可能な限り素早く手を伸ばし、面を剥ぎ取った。
カラン。
落ちてしまった面。それまでそれの中に隠されていた顔。
いつもの黒い瞳が見られると思ったのに。
両目には包帯が巻かれていた。
真っ白い布きれは、痛々しかった。
「怪我を?」
不安になって、恐る恐るそっとこめかみに触れる。
「いえ。暗部の任務はいつもこれを巻くんです。目が見えないように」
「見えないように?どうして?」
「人が傷つくのを見たくないんです。自分の我が儘なのはわかっています。でも……」
血を、死体を。
目を開かなければ見えない。
苦しむ姿が見えなければ、攻撃の手が怯むことはない。
そういうことなのだろう。
心優しいこの人が、忍びとして生きていくために考え出した苦肉の策。
今まで生きてきたその苦しみも、悲しみも、全部俺が守ってあげられたら良かったのに。
そう望む。
「見えなくても大丈夫なんですか」
「ええ。チャクラで敵かどうか判断できますし、気配を探ればどこで何をしているかもわかります。今まで不都合はありません」
たしかに熟練した忍びなら、たとえ見えなくても気配を探れば生活するのにも不自由はない。
けれど、それをすべての忍びが実行できるかといえばそうではない。
ましてや目まぐるしく気配の変わる任務の中で、それをできる忍びがどれだけいるだろうか。
俺でさえ常にそれを強いられるのは自信がない。
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