「うみのイルカ? ああ、知ってる。前に同じ隊だったからな」
昔からの腐れ縁で、今現在は下忍担当の同僚であるアスマが意外にも口を開いた。
ふとしたことから先日の止血命令の話をした時だった。
「あいつはな、優秀ではあるんだが、前線から外されてもう出動することもないだろう」
「どうして」
「痛くないからって適当な処置して任務に加わって、死にかけたんだよ」
確かにそんな感じだった。
放っておけば死んでしまいそうな、危うい……
「痛くなけりゃ最強戦士だろうと言う輩もいるが、そういう問題じゃない。本人も怪我には無頓着な質で、始末に負えない。結局、火影様の命令で異動になったんだよ」
「………」
「俺が聞いた話によれば、昔からそうだったわけでもないらしい。12年前からだと聞いている」
12年前。それは里中の者が忘れられない九尾の事件しかないだろう。
「両親共に亡くなったらしい」
「そうか…」
なんとなくしんみりと黙り込んでしまい、しばらく沈黙が流れた。
「どうした。珍しいな。惚れたのか?」
ニヤニヤとからかわれて、憮然として立ち上がった。
そんなんじゃない。
じゃあ、どんなんだ?と聞かれてもはっきりと答えられないが。
「中途半端に関わるのは止めとけよ」
立ち去ろうとしてかけられた言葉に、思わず振り向く。
さきほどのふざけた笑いはすでになく、まっすぐに目を向けられた。
「近寄るな、って言ってるのか」
そんなことを言われる筋合いはない。
ムッとして、多少喧嘩腰に聞き返した。
「一旦心が砕け散った人間をどうこうしようなんて、生半可なことじゃないって言ってんだ」
ただ頭ごなしに否定されたと勘違いして腹を立てるなんて。
少し冷静さを欠いていたかもしれない。
そんな人間ではないと、長年の付き合いでわかっているはずなのに。
「面白半分なら止めとけ。お前だけじゃない、相手だって傷つくんだからな」
本当は自分でもわかっている。
俺は恋してるんだ。
心の綺麗な綺麗なあの人は、愛しすぎて心が砕け散ってしまった。
そこまで愛されるとしたら、どんな気分なんだろう。
ほんの少しのカケラだけでもいいから、好きだと思ってもらえたら、どんなに幸せだろう。
そう考えて、溜息をついた。
あの人に好きになってもらいたいんだ。
そうすれば、この薄ぼんやりとした世界がすべて変わるかもしれないなんて思っているのだ。
まるで馬鹿みたいに。
想っている。
「本気だったら止めやしないさ。ただ覚悟しておくことだ」
「覚悟?」
「イルカと付き合った人間は、全員失望するんだ」
「何に?」
「自分がこんなにも愛しているのに、相手が同じだけの愛を返してくれない、ってな」
「無茶を言う」
「たしかに。だがまあ、その気持ちもわからんでもないしなぁ。だからお前も頑張れよってことだ」
「とりあえず、助言は有難く受け取っとく」
一応感謝の気持ちを込めて言い、立ち去ろうとした。
「ああ。じゃあな」
煙草をくわえながら、またニヤリと笑ったのが見えたが、今度は腹は立たなかった。
歩きながら考えていた。
きっと他の奴らは頭が悪いのだ。
綺麗で希少なカケラを手に入れて、それ以上何を望むというのだろうか。
ただそのことを想像するだけで胸が打ち震えそうなのに。
それからの俺は、カケラだけでも好きになってもらう努力を惜しんだりはしないと心に決めたのだった。


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2002.12.21


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