少しでも親しくなった人は俺のことを、冷たくて心がない人間だという。
でも。
心は両親と共に死んでしまって、もうほんのカケラしか残っていないだけなのに。
どうして誰もわかってくれないんだろう。
いつもそう思っていた。今までは。
「イルカ先生。好きです」
最近では、まるで挨拶のように耳にする言葉。
初めて聞いたときは、子供がよく言う『先生、大好きー』と同じだと思っていた。
大人になってもこんな素直な人がいるんだ、と感心したものだ。
それが何度も繰り返されるうちに、どうやら違うらしいとようやくわかった。
『愛してます』と言われるに至っては、呆然とした。
こんな人前であからさまに告白されたことなどない。
巫山戯ているのかとも思ったが、そうでもない。
時には真剣に、時には優しく目が微笑んでいたら、いくら心がないと言われる俺でもその想いは伝わるものだ。
柔らかく包まれるような空気は泣きたい気分になった。
こんな自分のなのに、ずっと側にいて欲しいと願ってしまう。
好きだと言われ続けたからという単純な理由ではなく、好きになっていた。
けれど、そんなことは本人には言えないと思った。
だってカケラなんだ。
人から比べたらちっぽけな想いなんだ。
相手に与えられるのに比べたら、全然足りない。きっとガッカリされるに決まっている。いつもそうだった。
だから言いたくなかった。ずっとこの秘密は黙っていようと決めていた。
それなのに、繰り返される言葉。
「俺も好きですよ」
「本当ですか!」
驚きながらも嬉しそうに肩を掴まれて、確認される。
つい口から出てしまった言葉は取り戻しようがない。
それでも期待されては困るのだ。
同じように好きになって欲しいなんて、自分にはきっと無理だから。
「でも多分……俺の言う好きと、あなたの言う好き、は違います」
「そうかもしれません。俺の『好き』とイルカ先生の『好き』は違うかもしれません。でも、同じじゃないと駄目ですか。人それぞれなんだから、いいじゃないですか。違っていたって」
そんな風に優しい言葉をかけられて、もしかしたら、と期待してしまう。
もうこれ以上黙っているのは耐えられないと思ってしまう。
「本当は好きですよ。でも心は大切な人にあげてしまったから、もうカケラしか残ってないんです。もう、たったこれだけしか残ってないんです。カケラほどしか好きじゃない」
「それって残ってるカケラは全部俺のモノってこと?」
言ってしまえば、失望されるだろうと思っていた。
それなのに、ひどく嬉しそうに聞き返されて驚きを隠せない。
たしかに残っているのがカケラしかなくて、そのすべてが好きだと叫んでいるなら、それはきっと全部カカシ先生のものなんだろう。
「心ってね、成長するんですよ。植物みたいに小さな小さな芽が大きくなって、長い時間をかけて大木になったりする。だからカケラぐらいの愛があれば大丈夫。きっとこれから大きくなります。ね?」
そんなことを言ってくれる人はいなかった。
カケラならいらない、と。
全部寄越せと強制されて、ほんの小さなカケラすら砕け散ってなくなってしまうしかなかった。
今までは誰もカケラなんて欲しがらなかった。
カケラなんて他人にとっては価値がないのものなのだ。
自分にとっては残り少ない大切なものだったのを、否定されて傷ついた。
必要のないものを後生大事に持っている自分は、他人から見たら滑稽なんだろうと思う。
でも、それでも。
傷つきたくなくて、誰も触って欲しくないから、いつも笑うようになった。
笑って、誰も近寄らないように壁を作った。心が痛みを感じなくなるように。
そのせいで、身体の痛みまで感じなくなっていた。
それなのに。
「本当に……?」
声がみっともなく掠れているのは、涙がのどに絡んでいるからだ。
「本当にカケラでもいいと…思ってくれますか」
「もちろんです」
迷いもなく返ってきた答えに、どうしようもなく安堵する。
その言葉を信じたいと望んでいる。
「う……っ…っく」
かみ殺した嗚咽がみっともなく漏れてしまう。
ふわりと抱きしめられた温もりに、涙が溢れて止まらなかった。
いつかこんなカケラでも、花が咲く日が来るのだろうか。
その日はもうそこまで来ているのかもしれない。
「早く咲くといいなぁ」
思わず呟いてしまって、顔を覗き込まれた。
「どうしました?」
心配そうに向けられる優しい瞳。
「いいえ。なんでもありません」
静かに首を振った。
いつか咲く花。
一体どんな花だろう。
たとえそれがどんなに小さい花だったとしても、きっと愛おしいだろうと思う。
今はそれを心待ちにしている。
カケラに咲く花。
END
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2002.12.27 |