それ以来、またしてもイルカ先生に会いに行くことが出来なくなってしまった。
怖いから。
イルカ先生が誰かを好きになるなんて考えたくないけど、顔を見ればどうしても不安がこみ上げてきてしまう。
だから会いには行けなかった。
会わないように気をつけていても、どうしても顔を合わせる機会はあって、その度に誘いを断ったり挨拶程度で誤魔化して逃げてしまったりの日々だった。
断った時のイルカ先生の何か問いたげな瞳が、次第に悲しみに染まっていくのは見ていて胸が痛んだ。
ああ、何をやっているんだろう俺は。
でもどうしたらいいかなんて、わからないんだ。
そんなことが数日続いた後、イルカ先生に声をかけられた。
「カカシ先生、お話があります。少しよろしいですか」
さすがにあれだけ露骨に避けたことに対しての抗議なのだろう。
口調は穏やかだが、有無を言わせない何かがった。
「はい」
と返事をし、大人しくついていくしかなかった。
「俺達、別れましょう」
いきなり言われて、心臓が止まるかと思った。
「イ、イルカ先生、怒ってるんですか?最近俺が避けてたから……」
「怒ってなんていません。それとはあまり関係がないんです。ただ…」
「ただ?」
「約束が」
ああ、やっぱり。
「どちらかに本気で好きな人ができたら、別れるということでしたよね」
「……はい」
「だから。すみませんが、別れてください」
「…好きな人が、できたんですね」
「ええ」
はっきりと肯定されて、目の前が真っ暗になった。
ああ、ようやく好きだと気づいたのに。
その直後にはもう振られているだなんて、あんまりだと思う。
もう少しその時が来るのが延ばせないかと足掻いてみたけれど。
やっぱり駄目だった。
「本気で好きになってしまったんです。……カカシ先生、あなたを」
「え……ええっ。ええええーーー!!」
今なんて言った?
誰が誰を本気で好きだって?
「そうですよね。普通ビックリしますよね。ごめんなさい」
イルカ先生は眉を顰めて、困ったように笑った。そんな表情すらドキドキする。
と、そんなことを考えてる場合じゃなかった。
「そうじゃなくて!あのっ、もう一回。もう一回言ってください!」
「カカシ先生が好きです」
腰が抜けて、へたりとその場に座り込んだ。
「ど、どうしたんですか!」
「いや、なんかビックリして腰が抜けちゃって……」
「大丈夫ですか?」
心配そうに覗き込んでくるイルカ先生に返事をしなくてはと思ったが、首を縦に振るしかできなかった。
「最近カカシ先生に避けられるようになって、わかったんです。友達だけじゃ嫌だって」
「っていうか、好きならなんで別れないといけないんですかー!」
「え。だって約束ですから」
約束って。
あんな約束を律儀に守って?
好きなのに別れるの?
「約束を破るのはよくないことです」
そんなことを真面目に言う。
そういうところも好きだけど、今はちょっと忘れて欲しいと願うのは贅沢なのか。
「約束違反は俺も一緒です。俺もイルカ先生のことを本気で好きなので、別れないでください」
「嘘。だってカカシ先生は友達として好きだって…」
「あの時はそう思ってたけど、今は違うんです!もしも俺のこと、ほんの少しでも好きなら別れないでください。お願いします!」
もう土下座して許してもらえるなら、それぐらい今すぐやりかねない勢いだった。
「じゃあ、これからはホントの恋人同士ですか?」
「は、はい!」
信じられないような棚からぼた餅のような出来事に、夢でもいいからとにかく覚めないようにと祈りながら大声で宣言した。
「イルカ先生大好きです!」


恋をした。
最初は全然わからなくて。
気づかないうちにボディに拳が入っていて。
大したことはないと侮っていると、いつの間にかじわじわと効いていてノックダウンしてしまう。
気づいた頃にはもう自力では立ち上がれない。
そんなボディブローのような恋。


END
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2003.03.22


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