何時の間寝入ってしまったのか、目が覚めたらすでにイルカ先生は隣にいなかった。
ぼんやりしながらも起き出すと、
「おはようございます」
台所から爽やかな声をかけられた。
「おはよーゴザイマス」
なんだか眩しくて、柔らかな微笑をまともに見ることが出来ない。
家の中はいつもと変わらない明るさなのに。
どうして、と思う。
どうして今まで平気でイルカ先生の顔を見ていられたのかわからない。
かーっと頬が熱く火照って、顔を上げられない。
どうしよう、どうしよう。
おろおろと視線が行ったり来たりと彷徨うばかりで、良い案は出てこない。
「カカシ先生?」
「は、はいっ」
「朝はパンがよかったですか?」
「いえ!ご飯大好きですっ」
「よかった」
少し安心したように表情がゆるみ、嬉しそうな笑顔が満面に広がるのを見て、もう駄目だと思った。
自分でも何が駄目なのかよくわからなかったけれど、とにかく駄目だと確信した。
これ以上イルカ先生の顔を見ていたら、心臓発作で死ぬかもしれないと思った。
飯ものどを通らない状態だったが、まさか食べないわけにもいかず、味もわからないまま飲み込む。
申し訳程度に向けた笑顔は引きつっていたかもしれなかった。
朝食を食べ終わり、身支度を整えて家を出た。
アカデミーへ向かう道を一緒に歩いて、途中で別れる。
いつもならアカデミーまでついていって遅刻してしまうところだが、今日はとにかく一人で考える時間が欲しかった。目の前にイルカ先生が居ては、不整脈やら呼吸困難やらでそれどころじゃないのだから。
これから俺はどうしたらいいのだろう。
そういえば、俺達は付き合っているんだった。
恋人同士。
いや、でもあれは『一緒にいたいから』という理由で無理矢理頼み込んだのだから、そんな約束はないに等しい。
俺がイルカ先生のことを好きだと伝えたわけじゃないし。
イルカ先生にとって俺はただの友達の域を出ない。
その瞬間、あの振られた女の恨みがましい視線を思い出し、頭から冷水をかぶせられた気がした。
あれは、未来の俺の姿。
イルカ先生に本当に好きな人が現れたら、きっとあんな風に断られてしまうのだ。
そしてどうすることもできない無力な自分に落胆して、相手を恨むしかできない。
だってイルカ先生は選んでしまったのだから、その人を。
俺はただの友達なんだから。
その事実は胸を押しつぶしそうで、どんな辛い任務よりも痛いと感じた。
ただ呆然とその場に立ち尽くすしかなかった。
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