その日の晩。一人、家で膝をかかえていた。
昼間のことを思い出しては落ち込み、イルカ先生のあの言葉の意味はもしかして…と悩み。
これから会えないよりは謝りにいった方がいい。
それとも、もう謝っても許してなんてもらえないかもしれない。
とっくに嫌われているのだったらどうしよう。
そんなことをぐるぐると考え続けていた。
だから、玄関の戸を叩くかすかな音に気づいた頃には、かなり時間が経っていたのだと思う。
どれくらいノックされていたかわからないけれど、それは紛れもなくイルカ先生の気配だった。
慌てて扉を開いて部屋に招き入れる。
わざわざ訪ねてきた理由は何だろう。
「あの……中忍試験の推薦のことですが…」
イルカ先生はまだそのことに拘っているんだ。
俺にとっては結論の出ている話で、喧嘩したことの方が重要だった。
むしろ口論したことによって嫌われたんじゃないかとそればかり心配していたのに。
あれで嫌われたわけじゃないらしいとわかって安堵すると共に、それじゃあイルカ先生は俺のことをどう見ているのかが気になる。
あの言葉の意味は。
どうしようもなく不安になって聞いてみる。
「『俺とナルトとは違う』ってどういう意味ですか」
いったん口に出すと、波の国から帰ってきて以来会いに行けなくなった理由が、身体の周りでぶわっと膨れあがって押しつぶされそうになる。
「俺は小さい頃から人を殺していて平気だって意味ですか。ナルトは……ナルトは可愛いけど、俺は駄目ってことですか。俺、俺は……」
俺のことなんか嫌いってこと?
じわりと滲む涙。
うわ。みっともない。
そう思いながら、でも出てこようとするものは自分でもどうしようもなかった。
「ごめんなさい!そんな意味じゃなかった。ナルトの中には九尾がいるから、もっと体力的にも精神的にも安定してから、と思ったんです」
理由は納得できるものだった。
たしかにイルカ先生が心配するのも無理はないかもしれない。
でも、それでもナルトにはそれを乗り越えていける力があると俺は思っている。
瞳の中を覗き込んで、俺に対する嫌悪の色がないことを確認し、それまで詰めていた息を恐る恐る吐いた。
疎ましいと思われているわけではなかったという安堵の溜息。
「あの…ホントにすみません。俺、カカシ先生を傷つけるつもりじゃ……」
せっかく謝ってくれているのに、安心したのか涙が止まらなくなってしまった。
ぐずぐずと鼻をすすっていると、ふわりと抱き締められた。
子供をあやすように頭を撫でられて、気持ちいいなぁと思う。
ずっと撫でてくれたらいい。
その願いは通じたのか、優しい手が離れていくことはなかった。
あまり気持ちよさに、うとうとと微睡みながら頭の中ではあることを考えていた。
どうしてあの時、イルカ先生のことを傷つけるようなことを言ったのか。
『私の部下です』だなんて。
きっと一番傷つくと思ったからだ。
だって嫌だったから、ナルトナルトって他の人間のことばかり言われるのは。
もっと俺のことだけ考えて欲しかった。
もう生徒でもなんでもないんだから、見なくたっていいじゃないか。
そう考えて、ふと思い至った。
そうか。
俺はイルカ先生に好きになって欲しいんだ。
きっと俺自身がイルカ先生を好きだから。
嫌われたくないってことは、好きってことだ。
今までのわけのわからない行動や感情はそういう意味だったのだ。
なんて頭の悪い自分。そんなこともわからないなんて。
ずっと一緒にいたいとか、自分だけを見て欲しいとか、世間一般でいう恋愛感情そのものなのに。
でも仕方がないじゃないか。
こんな想いになるのは初めてだったんだから。
こんな風に好きな人に出会うなんて思ってもみなかったんだから。
まるで魔法にかけられたように絶え間なく襲ってくる睡魔に身体を任せながら、イルカ先生の顔を思い浮かべる。
目を開くのはこの眠気の中困難だったけれど、それで充分だった。
イルカ先生の優しい笑顔に、俺は至極満足して眠りに落ちた。
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2003.03.15 |