「え?だって俺、一発芸とかないですし…これだったら簡単にできてみんな喜んでくれるかと……」
そりゃあ、喜ぶでしょう。
しどけなくはだけた浴衣。
酒のせいで上気した頬と、とろんと微睡んだ瞳。
誰が見ても喜ぶだろうさ。
でもそれは、恋人として許すわけにはいかないのです!
カカシは拳を握りしめた。
どうしてもイルカは、自分が周りからそういう目で見られていると信じようとしない。
カカシが今までどれだけ言い聞かせても、「あなた以外そんな物好きいません」と全然わかってくれない。
そんな恋人に、もう決して人前で脱がないように釘を差しつつ、納得する理由を用意しなければならないのだ。
「笑いがとれるような脱ぎ方には、高度な技が必要なんです」
「そ、そうだったんですか!……すみません、俺なんかが」
「もう、二度とやらないと誓ってください」
「は、はい」
「今度簡単に出来る一発芸、探しておきますから。ね?」
「ありがとうございます」
やっぱりカカシ先生はいい人だなぁ。頼りになるなぁ。
と、上手く丸め込まれた本人は見当はずれのことを考えていた。
カカシはといえば、もうこれ以上この人をここに置いておくわけにはいかないと判断し、宴会をフケる計画を練っていた。
「ううっ」
「カカシ先生?」
「気分が優れないので宴会は早退します」
「大丈夫ですか!やっぱり食事に毒が!?」
「ちょっと部屋で休めば治りますから」
ヨロヨロとわざとらしくふらついてみる。
「しっかりつかまってください」
カカシは胸を押さえながら、心配そうなイルカに肩を貸してもらって部屋を出ていった。
「『イルカ先生とイチャイチャしたいので』の間違いじゃないのか?」
「ホントにね」
死屍累々の鼻血の海で、冷静を保っている数少ない人物はアスマと紅だった。
紅がおもむろに巻物を取り出し、何かを書き留めている。
「何やってんだ?」
「鼻血噴いた奴らをメモっとくのよ。汚れた畳の請求代金が、ココにいる全員で割って請求されたら困るじゃないの」
「なるほど。鼻血を出した者だけに請求しようってわけか」
「ふふ。それと、これの控えをカカシに売ってやろうかと思って」
「なんでまた」
「そりゃあ、愛しい恋人の裸を見て鼻血を噴く奴が、どこの誰だか知りたいでしょうねぇ」
「…………」
紅だけは敵に回したくない。
アスマはひっそりと心の中で呟くのだった。
「イルカ先生、イルカ先生」
「はい?」
肩に手をかけた状態でカカシが声をかけた。
「露天風呂に行きましょうよ」
「でも気分が悪いんじゃ…」
「風呂に入れば治りますから!」
理屈に合わない理由を付けて、カカシは強引にイルカを引っぱっていった。
「ここの露天風呂は絶景ですよ」
少し旅館から離れた静かなところにある。
それほど広いわけではなく、自然に囲まれているのが風情があって評判だった。
「うわぁ」
脱衣所から出た途端、感嘆が漏れた。
ひっそりとした森の中に存在する源泉。
湯気がたちのぼって、少し霞がかっている空気に月の光が朧に射し込み、幽玄な世界が広がっていた。
イルカは瞳を輝かせて周りを見渡し、そろそろと湯船に浸かった。
「ああー、やっぱり温泉はいいですね。疲れも吹っ飛びます。こんな素敵な露天風呂にカカシ先生と来られてよかった」
幸せそうに微笑まれて、カカシも思わず笑みが漏れた。
「毎日ここに浸かっていたら、どんな病気も治る気がしませんか」
そう問いかけると、カカシは少し黙り込んでしまった。
「カカシ先生?」
「イルカ先生」
「はい?」
「実は俺、一生治らない病気持ちなんです」
「えっ」
「病院でも湯治でも治らない病です」
心配そうに向けられる顔には、不安げな瞳が揺れていた。
「だからイルカ先生が治してくださいねv」
にっこり笑うカカシ。
何を言い出すのだろうと不思議そうに首を傾げた後、ワンテンポずれて、かぁーと頬が朱色に染まった。
昔からお医者さまでも木の葉の湯でも、治せないのは恋の病。
それを治せるのは、世界中で恋する相手ただ一人。
「俺も……その…同じ病気みたいです」
イルカが恥ずかしそうに言った。
「じゃあ、治すのは俺に任せておいてください」
カカシは嬉しそうに笑って請け負った。
そんな二人を見守るのは、夜空に輝く満天の星だけだった。
END
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2002.12.27 |