毎年年末は、火影様の労いもあり、教師陣全員による温泉旅行が恒例行事だ。
アカデミーはもちろん、下忍担当教官も含まれる。
忘年会を兼ねた大慰安旅行である。
その旅行を前に、うみのイルカは悩んでいた。
どうしよう。
慰安旅行といえば、宴会は必須。
宴会といえば、宴会芸で盛り上げるのは、この旅行のメンバーからして中忍の役目であるのはいつものことだ。
以前は自ら進んで幹事をしていたため、宴会芸は人任せで逃れていたが、今回はそういうわけにはいかなかった。
なぜかといえば、初めて一緒に参加するカカシが「せっかくの旅行で幹事なんて楽しくない」と勝手に他の人に幹事を押しつけてしまったのだ。
「どうしてそんな勝手なことを!」
と怒ってみても、
「駄目ですか?」
肩を落として上目遣いで見上げられたら、それ以上文句を言うこともできない。
イルカだとて、恋人と一緒の温泉旅行は嬉しいし楽しみなのだ。
幹事になれば常に気をつかってあれこれ忙しいことを考えると、今回はゆったりと温泉を楽しみたいという気持ちがあるのも確かだし。
そう考えて、幹事は同僚に任せてしまったのだった。
しかし。よくよく考えてみれば、宴会芸はどうするという問題が残った。
毎年毎年、芸達者な同僚が盛り上げているのを目にしているだけに、歌を歌うとかでは無理だろうことはわかっている。
悩みに悩んで、ハッと思いついた。
そうだ。あれがいい!
あれなら簡単にできて、周りも笑ってくれるはずだ。
以前誰かがそれをやって、酔っぱらった皆が喜んでいたことが何度かあったのを思い出した。
そう決めてしまえば心が軽くなり、旅行への楽しみだけが胸に膨らむのだった。
大勢でがやがやと到着した旅館のロビーは、ごった返していた。
幹事の「部屋割りでーす」という叫び声もかき消えそうだった。
「あれ?カカシ先生と同じ部屋だ」
渡された部屋割り表を見て、イルカは呟いた。
しかも二人部屋。
上忍と中忍が同じ部屋になることなど普通はありえない。
「へへへ。ありとあらゆるコネを使いました」
「またそんなことを…」
「だって、イルカ先生が他の人と一緒に寝ていると思うと、安心して眠れません!」
真剣にそう抗議されて、イルカは首を傾げた。
去年まではいつも同僚達と雑魚寝だったので、一体何が心配なのかよくわからないのだ。
カカシはカカシで、恋人以外の男と寝ようだなんて、イルカ先生はヒドイ!と思っていた。
自分が無理矢理部屋を変えてもらわなかったら、平気で寝ていたかと思うとゾッとする。
可愛い可愛いイルカ先生を狙っている人間など星の数ほどだというのに!
心配の尽きないカカシは、無駄に上忍の能力をフル回転させて部屋割りを変えさせたのだった。
お互い意志の疎通がかなり不自由なようだ。
「ともかく部屋に荷物を置きに行きましょうよ」
「あ、はい」
部屋についてお茶を一杯飲んで、とくつろいでいるうちに、あっという間に宴会の時間となった。
無礼講とはいえ、どうしても席は上忍と中忍で別れてしまう。
カカシとイルカも席は遠く離れている。
イルカは、前もって考えていた宴会芸がやはり少し恥ずかしいと思い始めていた。
やっぱり止めておけば良かったかも。
でも今さら変更しようにも他に何も考えていないし。
せめてお酒でも飲んで勢いをつけよう。酔っぱらってしまえばきっと大丈夫だ。
そう考えて、普段より多い量を飲んでいるようだった。
次々と宴会芸は繰り広げられ、どっと笑いが出たり、感嘆の声があがったり、で盛り上がっていた。
ちょうどいい酔い加減になった頃、いよいよイルカに順番が回ってきた。
よし!
と決意して立ち上がり、腕を掲げて高らかに宣言した。
「うみのイルカ、脱ぎますっ!」
おもむろに浴衣の前を広げ始めた。
ぶーーっ。
辺りは噴き出された酒や鼻血でまみれていた。
あれ?全然ウケない…
どころか、そこら中倒れている人ばかりなのはどうしてだろう。
血、血を吐いてる!?
もしかして食事に毒が!
あくまで天然なイルカは、今の状況を正しく把握するのは無理のようだった。
「な、な、なにやってるんですかーっ!」
割れんばかりのカカシの叫び声が辺りに響き渡った。
もちろん声の余韻が消える前に、胸をさらした恋人の目の前まで疾風のごとく飛んできた。
すぐさま浴衣の襟を正し、裾を揃える。
まだ見ている人間に睨みを利かせるのも忘れたりはしなかった。
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