「すみません。子供の頃から、これだけは苦手で…」
まだ顔も青ざめている状態なのに申し訳なさそうに謝るイルカに、カカシは胸が痛んだ。
もっと甘えてくれていいのに。
「ねぇ、イルカ先生。大丈夫ですよ。落ちてきたら俺が『雷切』で切ってあげますよ」
あなたを苦しめるすべてのものから守ってあげる。どんなことがあっても。
そのためなら今まで手に入れた力は全部使うよ。
きっとそのための力だから。
「頼りになる恋人でしょ?」
茶化したように言えば、イルカにもようやく笑みが戻ってきたようだ。
「そうですね。俺、カカシ先生の恋人で得しました」
悪戯っぽく笑う姿に、先ほどの痛々しさはもうなかった。
よかったとカカシが安堵していると、イルカが躊躇いがちに口を開いた。
「あの……さっきの『して欲しいこと』ってまだ有効ですか?」
「っ!…もちろんですよ!」
イルカが珍しく甘えようとしてくれている。
それは何よりも嬉しいことだった。
「なんでも言ってください。俺の全力を尽くして叶えてみせます」
勢い込んでカカシが言うと
「そんな大げさな事じゃないんですけど…」
と苦笑する。
そして、恥ずかしそうに望みを口にした。
「手を、握っててくれますか。雷の夜は一晩中」
「一晩中、ですか?」
「…はい。やっぱり駄目ですか?」
不安げに見上げてくる瞳に、カカシはクラクラと眩暈がしそうだった。
「や。駄目っていうか、一晩中ってことは今夜は片手でシなくちゃいけないなぁーなーんて」
思ったんですが、と続けようとして頭をポカリと殴られた。
「ふ、ふざけないでください!」
「えー、大事なことでしょう?俺にとっては大問題です」
イルカはこれでもかというくらい顔を真っ赤にしている。
「ま、片手だって全然平気ですけどねー」
「もうもう、信じられない!」
ポカポカと本気ではない拳で殴られながら、カカシはご機嫌だった。
なんといっても甘えられるのは恋人の証。どんな我が儘だって言って欲しいから。
一人、笑いが止まらない状態だった。


恋人の願いごとはどんな願いよりも甘く切ない。
どんなことがあってもそれを叶えてあげられるのは、自分だけだと信じている。
叶えてもらいたいと強請られるのも自分だけだと。
雷の夜は手を繋いで。
共に過ごすよ。遠雷の音を聞きながら。


END
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2003.05.24


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