さわやかな風。新緑薫る5月も下旬に入った頃。
カカシが突然口を開いた。
「イルカ先生の欲しいものって何ですか」
夕飯も食べ終わり、食器を洗い終わってお茶でも一服とくつろいでいる時だった。
イルカは突然の問いかけに驚き、とっさに返事ができなかった。
「欲しいもの……ですか?」
「だってもうすぐ、イルカ先生の誕生日でしょ」
そう言われてようやく思い至った。
「ああ、そういえば……」
「俺が選んだものを贈ってもいいけど、本当に欲しいものがいいと思って」
その言葉にイルカはにっこりと笑って言った。
「気持ちだけで嬉しいです。欲しいものは特にありませんから」
「えっ、それだと俺が困るんですけど!じゃあ、して欲しいこととかありませんか?」
首を傾げて考え込んだ後
「いいえ。今のままで充分ですよ」
幸せですからね、と微笑んだ。
焦ったのはカカシの方で。それはそうかもしれないけれど、それ以上を望んで欲しい、甘えて欲しいと願うのは恋人として当然なことではないか。
相手に何も望むことがないなんて、幸せだけどちょっと寂しい。
もっと執着して欲しいと思う。
しかも誕生日のお祝いができないなんて以ての外。
これはなんとしても望みを言ってもらわないといけないと心に決めた。
さてどうしようと頭を巡らしている時に、遠くで雷が鳴る音が聞こえた。
そういえば、今夜は雷雨になるという天気予報だったっけ。
カカシがぼんやりと思い出していると、イルカの様子がどうもおかしい。
そわそわと落ちつきがなく、湯飲みを握りしめたり離したりを繰り返して忙しない。
「イルカ先生?」
カッと稲光が辺りを照らした途端、イルカが耳を押さえて縮こまった。
しばらくそのままで待っていると、地面を揺るがすほどの雷がようやくゴロゴロと小さな音になりつつある。
ぎゅっと目を瞑ったままだったイルカも、うっすらと瞼を開けようとしていた。
「もしかして……」
カカシが問いかけようと近づいた瞬間に、また光った。
「うわっ」
藁をも縋る気持ちなのか、近くにいるカカシをぎゅっと抱きしめた。
カカシはといえば、イルカの方から抱きついてくるなんて、と驚くと共に喜びにほくそ笑む。
雷を怖がるなんて可愛いなぁ。
と思いながら、ぎゅうと抱きしめ返した。
「俺、雷ダメなんです。苦手なんです」
縋りつく身体は微かに震えていた。
その姿があまりにも痛々しくて、なんとか慰めたいとカカシは願った。
優しくあやすように背中を撫でる。
「大丈夫。大丈夫ですよ」
落ち着かせるためにそう囁いても、なかなか震えは止まらなかった。
雷雲はまだしばらくここに留まる気配を見せ、安心することもできないのだろう。
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