「死ね」
攻撃の手がスローモーションのようにはっきりと見えた。
「ごめん。死んではあげられないんだ」
相手に、聞こえるか聞こえないかわからないぐらい小さく呟く。
その次の瞬間には、俺が握りしめていたクナイは腹の急所に突き刺さっていた。
苦しむよりは、と思い、すぐに首の頸動脈を掻き切る。
どぉと倒れた身体はもはや息をしていなかった。
今聞こえる音は、自分の荒い息づかいだけだった。
「俺のわがままで殺したんだ。帰りたいっていう俺のわがままで……ごめん。ごめんよ」
涙が溢れそうになるのを我慢しようとする。
でも駄目だった。
涙の雫はぽたぽたと落ちて、地面に黒いシミを作った。


どのくらいそうしていたのか、もしかしたらほんの少しの時間だったのかもしれない。
血の匂いを嗅いだからか、仲間が駆けつけてくれた。
以前暗部でずっと一緒に働いていた忍びだった。
「無事だったのか!目が見えているのに、よく助かったな」
ありえないことのように驚いていた。
そう。昔ならば決して助からなかっただろう。
目隠しが外れて、抵抗できずに大怪我をしたこともあったから。
以前のままなら今頃は死んでいたはずだ。
でも、今は。
たとえ目を開けて人が苦しむ姿が見えたとしても、必ず生き残る。生きて帰る。
そう決めたから。
「他の敵は?」
「全部倒した。最後の首領はお前が倒してくれて助かったよ」
「そうか」
「任務完了だ。ようやく里に帰れる」
「ああ、そうだな。帰ろう」
早く帰ろう。
キスするときは目を閉じてと強請るあの人のもとに。
目を閉じても開けていても、他のものはまるで盲目のように霞んで、一つのことしか見えないのに。
見えるのはあの人のことだけ。
どうしたらそれがわかってもらえるだろう。
その問題はとても難しくてなかなか答えは出ないけれど、今は考えないでいよう。
今はただ、早く帰って、ちゃんと目を開けて、笑うあの人の顔を見つめていたい。
俺は先ほどの涙の跡を拭いながら、その願いを叶えるべく立ち上がった。
今帰るから。
もうすぐ見えるのは、きっとあの人の笑顔だ。


END
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2003.01.18


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