【酒は憂いの玉箒】


「アスマー」
飄々とした風体の男が声をかけてきた。
「何だ」
「あのさー、これからヒマ?」
顔の大部分は隠されているというのに、なぜか笑っているとわかる。
へらりと笑うその男の名は、はたけカカシという。
昔からの腐れ縁でよくつるんだりしている上忍だった。
「ヒマっていやぁヒマだな」
「そ。実はさ、この前の礼をしようかと思ってさ」
「この前?」
「ほら、俺の誕生日に任務を代わってくれたでしょ」
「ああ、あれか」
へぇ、珍しい。
よっぽど代わってもらったのが嬉しかったと見える。
初めて本気で好きになったと豪語して憚らない恋人と初めて迎える誕生日。
どうせ家に帰ってもすることもないから、代わってやってもいいと言ったんだったか。
というのは一応建前で、きっとそれが一番望むものだろうと思ったからだ。
気恥ずかしいので贈り物など買う気は毛頭ないが、ちょっとした望みを叶えてやりたいと思うくらい大切な仲間だと俺は思っている。
重要な任務ならともかく、ほんの偶然カカシに回ってきてしまった程度のものだったし。 自分が代わっても問題はないだろう。
規則に従うならば、本当は誉められた行為ではないのだが。
それぐらいは許容範囲だろう。忍びとしては甘いかもしれないが、人間として必要なこともある。
人としての大切なものが、忍びとして任務に就いたとき最後のギリギリで支えてくれると俺は信じている。
そして、代わってやった本人が喜んでいるならそれ以上望むものはない。
そう考えていたのだが。
「まあ、大した礼にもならないけど、ちょっと飲もうぜ。ほら、これ」
差し出された一升瓶は、滅多に手に入らない俺の好きな『蓬莱山』だった。
「お。お前にしちゃあ気が利いてる。でも一本だけか?」
「まあ、それは後のお楽しみ。行こうぜ」
腕を引っぱられて、訳も分からずついていった。


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