白いベッドにそこら中に巻かれた白い包帯。
その白い世界は目に眩しくて、何度か瞬きをする。
眠っているかもしれないという予測は裏切られ、黒い瞳はこちらをじっと見ている。
真っ白い世界の中で、その漆黒だけが唯一頼れるもののような気がしてそっと近づいた。
「ごめんね、カカシ先生。酷いことしてしまった」
酷いことって何が?
何か言おうとするが、どうしても声にならなかった。
会えたら言いたいことがあったはずだ。
何度も何度もその時のことを思い浮かべて、伝える言葉を考えていたのに。
でも今はそんなことはどうでもいい。
声を聞いて、顔を見て、ただその無事を確認しただけで。
喉の辺りで詰まって動こうとしないソレは、息が出来ないくらい苦しいけれど。
「いつから食べてないんですか?いつから眠ってない?」
喉が掠れて声を出すのも苦しそうなのに、そんなことを言う。
自分こそ怪我をしているのにそんな心配ばかり。
酷いのは自分だ。
休養が必要なのはあなたなのに。
そんなことに心を砕いていたら、ゆっくり休めもしない。
そんなことはわかってる。
わかってるけど。
どうしても流れ落ちる涙を止めることが出来ないんだ。
せめて泣き声が聞こえないようにと拳を噛み締めてみるが、みっともない嗚咽が漏れるだけだ。
「……っ…」
布団に突っ伏していると、優しく頭を撫でる感触。
それがあんまりにも優しくて暖かいから、涙を止めることが出来なかった。
暖かい。
生きている。
よかった。生きているんだ。
「大丈夫。あなたを置いて死んだりなんかしません。だから。ちゃんと食べて、眠ってください」
そこまで言うだけでも体力を消耗するのか、いったん口は閉じられ、しばらく沈黙が訪れる。
ようやく涙は流れるのを止め、頬にミミズののたくったようなしょっぱい跡を残した。
「あなたを傷つけるつもりじゃなかったんです。ごめんなさい」
辛そうに見えるのは怪我のせいじゃなくて?
「傷つける?」
「どんな辛いことからも守ってあげるつもりだったのに」
あなたが怪我したら俺が傷つくと思って?
それは本当のことだ。
もしも怪我だけですまなくて、万が一にも死に至っていたら……
想像するだけでぞっとする。
気が狂う。
きっとこの世で一番辛いこと。
それから守ってくれるのだ、とあなたは言う。
あなたが心配で心を痛めるのは嫌だけど、そのせいで無事に帰ってこられるならそれもいいかもしれない、と。
自分勝手なことを考える。
「もういいですから。休んでください」
「はい。…あ、そうだ。明日から一緒に重湯を食べましょうね」
「一緒に?」
「ええ。あなたがずっと食べてないなら、いきなり普通の食事は無理ですよ。消化のいいものから始めないと」
「一緒だったらいいです」
これからはまた一緒。
それがすごく嬉しくて、幸せだと思った。
「はいはい。明日から一緒ですよ」
ばふん、と再びベッドに突っ伏して眠りにつこうとする。
「付き添いベッドで寝たらどうですか?」
「いいえ。ここでいいです」
あれほど訪れようとしなかった眠気は、今は容易に俺の瞼を撫でつける。
このままここで眠ってしまおう。
そうすればきっと怖い夢を見ないですむ。
たとえ見たとしても、目を開けさえすれば目の前に存在するから大丈夫。
「おやすみなさい、イルカ先生」
「おやすみなさい」
願いは叶った。
天の川ってすごい。
そんなことを考えながら、俺は深い眠りに沈んでいった。


END
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2002.07.06


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