【祈り】


いつも思うことがある。
人間は一生の内にこんな大量の血を浴びても許されるのだろうか、と。
暗部に入ってもう何年になるのか。
数え切れないほどの人を殺し、その血を浴びてきた。
神は寛大で許されない罪はないというけれど。本当にそうなのか。
何をもって許されるのというのか。


+++

ある任務の合間に時間ができて、アスマと二人で待機することになった。
アスマという男は暗部に入った頃からのつきあいで、任務を遂行するのに組むことが多かった。
その時は他愛のない話をしていたのだが。
ふと今まで気になっていることを聞いてみようという気になった。
「俺は死臭がしないか」
「なんだと…?」
「生きてるのか死んでいるのか、自分でもよくわからないんだ。死んでいたら、臭いがするじゃないか。どうだろう。俺は死んでるんじゃないか」
「お前は生きてる」
「そうかな、俺はそうは思わない」
俺がそう言うとアスマは黙ってしまった。
俺の言ったことがその通りだからなのか。もう俺の相手をするのに嫌気がさしたからなのか。
そう思っていると、アスマが口を開いた。
「お前、もう暗部を辞めろ。火影様には俺から言っておいてやるから」
「どうして」
「そんな風になってまで人を殺して生きる必要はない」
その言葉は俺を困惑させた。
これから人を殺さなくなったとしても今更許されるわけでもないだろうに。
「とにかくそうしろ」
そこで会話は終わった。任務が再開されたからだった。


他の里の忍びが奪った巻物を取り戻すのが今回の任務だった。
しかし追いつめられたその忍びは、発破を持ち出してきた。
「少しでも近づけばこれを爆破する!」
その量から見てここら一帯が吹き飛ぶのは目に見えていた。
だが俺はどうでもいい、という気になっていた。
成功して里に帰るのも、失敗してここで死ぬのも。
死ねばもう人を殺さなくてすむと思えば死ぬのも悪くないと思えた。
発破を持つ男に向かって疾走する。
「や、やめろ。近づくな!」
男は怖くなったのか、近づいても爆破しなかった。
どうして死を怖れるのか。
お前だってたくさんの人を殺してきた忍びだろうに、何故自分が死ぬのは躊躇うのか。
あっけなく俺の攻撃を受けて男は発破を手放した。
アスマがすかさず男を捕らえる。
「…お前は死ぬことが怖くないのかっ」
男はそう叫んでみっともなかった。
「怖いと思うのは心があるからだ。俺は心なんかとっくに捨ててしまったから、何も怖くないんだ」
「キチガイめ!」
そう言って俺に向かって唾を吐き出すのが見えたが、避けようかどうしようか迷っている内にアスマが手で受け止めた。
「お前に言われる筋合いじゃあない」
男はアスマに顔を殴られて黙った。いや相当力が入っていたから気絶したのかもしれない。
「あーあ、顔が歪むくらい殴るなよ」
「カカシ」
アスマの眼を見てようやく、この男は怒っているのだ、と気づいた。
でも何に対して?
「カカシ。約束しろ、暗部を辞めると。しばらく人を殺すことは忘れろ」
アスマは俺のことを案じているのだ。
俺は自分のことで手一杯なのに、こんな他人のことを案じているとは。
そして思った。
きっと神が許す人間というのはこういう男のことなんだろう。


結局その任務の終了と共に俺は暗部を辞めさせられた。
そして、九尾の監視役という使命が与えられた。



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