ナルトの元担任のイルカという人間は、不思議な人だった。
九尾に両親を殺されたはずなのに、ナルトを可愛がっている男がいるとは知っていた。
里の一部の人間が陰口をたたいているのを聞いたことがある。
彼らにとっては『偽善者』か『狐憑き』なのだ。
初めて彼に会ったとき、俺の目にはそのどちらでもないように見えた。
ただナルトを愛おしんでいる。それだけが伝わってきた。
それからはなぜか気になって、つい視線が彼を追ってしまう自分に気づく。
ナルトを通じて彼と話すことが多くなってからも、いつもその不思議な生き物に心を奪われるのを感じていた。
「イルカ先生はすべての人間が神に許されると思いますか?」
「神に…ですか?」
「ええ」
「そうは思いません」
意外な答えだった。普通ならば必ず許されると断言するものだろうと思っていた。
「神というものは慈悲深くもある反面、残酷でもあります。気まぐれに幸せを与えたり奪ったりするものです。何が判断の基準になるかなんて、人間の身である俺にはわかりませんが」
穏やかな声。
それはきっと今まで生きてきた人生の経験からくるのだろう信念ともいえるもの。
風が吹いて倒れたように見えても、また立ち上がる葦のように。
強い人。
彼のことを考えるとき、黒い墨の中にポツン…と朱い墨を落としたように甘い感情が湧いてくる。
しばらくすると混ざってしまうその墨は、影も形もなくなってしまうけれど。
見た目には何も変わらない黒に戻ってしまったように見えるが、確実に以前とは違っているのだ。
考えるたびに朱い墨は増えていく。
いつかそのうち俺の心のすべてが朱色に染まる日が来るのだろうか。
+++
しばらくして特A任務を命じられた。
当分任務はないものだと思っていたが、やはり人手が足りないとそうは言っていられないのが里の実状だ。
別に断る理由もないので引き受けたのだが。
火影のじいさんは自分で命令を下しておいて、断って欲しげだった。
アスマもいい顔はしなかった。
彼は……
「無事帰って来れますように」
そう言って柔らかく微笑んだ。
「それは神に祈るんですか」
「わかりません、何に対して祈っているのかは。ただ人間は弱い生き物だから、何かに祈らなければ生きていけないのです」
俺は今まで祈った記憶などなかった。
「それはカカシ先生がすごく強い人か、すべてに興味がないかのどちらかでしょう」
そう言われた。
そうなのかもしれない。
すべてに興味がない、というのはある意味あたっている。
以前ならそうだった。
でも今は。
たった一人の人が俺の心を動かすのだ。
+++
任務は一人で他の里の忍者達と戦わねばならなかった。
複数に囲まれると手加減は出来ない。
俺の持てるすべてを出し尽くして戦う。
もはや人を殺すことに躊躇いはない。
自分が生き残ることを望んでいるわけでもないのに、何故いつも人を傷つけずにはいられないのだろう。
どうでもいい、と言いながらも戦ってしまうのは、心の奥底では生きていたいと望んでいるのだろうか。
きっとそうではない。
ただ習慣になっているだけだ。
人を殺すことが。
生きる欲求のない者に殺されることは、なんて哀れなんだろう。
最終的には敵はすべて倒れ、あたりは血臭が漂うのみとなった。
その場に立ち尽くす。
ここには死しかない。
人間が存在しない。
あるのは肉の塊と、血が染みついた生き物だけだ。
もはや怪我の痛みはどうでもよかった。
身体の痛みは意識を切り離してしまえばなんということはない。
ただ今は何故か胸が痛んだ。
胸が痛むのは怪我のせいじゃない。
ベットリと付いた血臭はどれだけ振り払ってもまとわりついて取れない。
誰がこんな自分を許すというのだろうか。
ああ。
ここは暗くて、非道く寒いんです。
イルカイルカイルカイルカ。
まるでそれが人間に戻れる唯一の呪文のように、ただその言葉を繰り返す。
しばらくその場にうずくまり、胸の痛みに耐える。
ふと今の自分は何かに祈っているのだということに気づく。
自分の中に変化にとまどいを感じたが、悪い気分ではなかった。
身体から流れ続ける血は体温を急激に下げていくけれど、かまいはしなかった。
このまま死ねば彼に会うことはもうないけれど、誰かを想って死ぬのも悪くない。
生まれてきてよかったと思えるから。
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