次の日、ナルトと二人で見舞いに行った。
「ナルト」
カカシはいつものように、にこやかに笑っていた。昨日の夜聞いたような苦しみは微塵も感じられなかった。
「カカシ先生。最後でドジったら駄目だってば!」
「ん〜〜、まあね」
「もうトシなんじゃねぇ?これからは強ーい俺様に任せた方がいいぜ」
「言うねぇ。まだまだお前らには負けな〜いよ」
でも死にかけたくせに、と思った不満が顔に出てしまったのか、カカシが更に笑った。
「お前らにだけ教えてやろうか」
「え、なになに?」
「俺の居場所を知らせた犬がいたでしょ」
「あの柴犬か?そういえばどこ行ったんだ」
「実はな」
ひそめられた声を聞き取ろうと耳を澄ませて近づく。
「あの犬はイルカ先生なんだよ。戻ってきて、俺が死なないように見張ってんの」
カカシはそう言って少し困ったように笑った。
「ええーっ!それホントか!?」
「普段は誰にも見えないのにねぇ。俺が危険なときだけ人を呼びに行くのは不思議と見えるんだよ。いつもは俺にしか見えないの」
本気で言っているのか、からかってるのか、判断が付かない。
馬鹿なことを言っていると思った。やはりイルカ先生が死んでからカカシはおかしい。
「ホントだよ〜。今もそこにいるんだけどね」
と言って指さした床にはもちろん犬の姿など見えはしなかった。
一応指さされた場所を足で探ってみる。
何の手応えもない。気配も感じられない。
「いないぞ」
「大人しく触られるのを待ってるわけないでしょ。今逃げて、そこにいるよ」
また別の場所を指さされ、少し混乱する。
姿は見えない。
気配は感じない。
それは確かなことなのに、何故かカカシの言葉は本当のような気がした。
あの黒い瞳を思い出して、そんな気がしたのだ。
「じゃあ早く良くなるってば」
「ああ。まだ許されないみたいだしね」
そんなことを言って、カカシはまた笑った。
その後、何度かカカシは犬に助けられたと聞いた。
そう聞くたびにあの犬を思い浮かべた。
たしか何匹も忍犬を飼っていたはずだ。それなのに思い浮かべるのはいつもあの犬だった。
あの時以来そんな犬は一度も見ていないにも関わらず。
そしてその話は誰にもしなかった。ナルトもだった。
なんとなく秘めておくのがいいと思ったからだった。
何年か後、特A任務に就いたカカシは結局帰らぬ人となった。
確かに危険な任務だったが、一人だけなら帰ってくることも可能だったろう。
任務を完遂した後大勢の敵に囲まれ、仲間を逃がすために最後まで闘い続けた結果だった。
負傷は激しく、いつも道案内する犬は現れず、そのまま息を引き取った後に発見された。
死に顔は安らかで、まるで眠るようだったという。
もしも、あの犬がカカシが信じていたようにイルカ先生だったとしたら。
イルカ先生はカカシが死んで側に行くことを許したということなのだろうか。
そう考えることはひどく心を慰められた。
そうか。そうなのか。
いつもそうだ。
イルカ先生はカカシのやることなすこと文句を言っていた。
でも最後には『仕方ないですね』と笑って許した。
きっとそうなんだろう。
ふと自分が微笑んでいるだろうという自覚があって、あわてて周りを見渡した。
ナルトを見ると同じように笑っていた。
「なに笑ってやがる」
「サスケ」
「なに笑ってるか聞いてるんだ。耳が聞こえなくなったのか」
「カカシ先生さ。今頃イルカ先生に会えたかなー、と思ってさ」
二人して同じことを思っていた。ますます笑ってしまった。
「ふん。イルカ先生も迷惑な話だな。もっと後から来ると思っていたら、もう、だからな」
「だよなー」
「さ、行くぞ。火影が行かないと始まらないぞ、五代目」
「おう!」
俺の恩師は二人とも死んでしまった。
いつか俺も死ぬだろう、忍びとして。
でもそれは怖いことではない気がしている。
まだ死ぬ気はないけれど。
きっとあんまり早いと二人に叱られるのは確実だろう。
勝手なことを、と思う。自分たちは早く死んでしまったのに俺だけ責められる謂われはないはずだ。
だがきっとイルカ先生ならば、そんな自分を棚に上げて真剣に叱るだろう。
『まだ許されないみたいだしね』
そう言ったカカシの言葉を思い出す。
まだ死ねないな。
そう思う。
見上げると眼前に広がる青い空と太陽が少し目に染みた。
END
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2002.01.26 |