イルカ先生が殉死してしまってからどれくらいの月日が過ぎた頃だったろうか。
はたけカカシが行方不明になった。
いや、行方不明というのは正確な表現じゃない。結果的にはただ任務終了後の帰還が遅れたにすぎない。
だが負傷して帰れない状況に陥り、発見した時点ですでに危険な状態だった。
底なし沼に沈みかけていたのだ。
一人で任務を遂行していたため、発見できたのは奇跡に近かった。
発見したのは俺だった。というより案内されたのは俺だった。
そう、犬がカカシのいる沼まで先導したのについていっただけだ。
その犬は不思議な犬だった。
いつまでも帰還しないカカシを捜索する命令が下され、捜している俺の前に突然姿を現した。
茶色の柴犬で、濡れたような黒目がじっとこちらを見つめる様が、誰かを彷彿とさせた。
木の葉の印も付けていないので忍犬とは思えない。
でもその真剣さだけは伝わってきて、ついて行かなければならないという気にさせた。
犬の後をついて行くと、そこにカカシはいた。
敵の遺体はもうほとんど沈み、腕や足の一部のみが沼の表面に出ていた。その情景はまるで子供の描いた下手な絵のようだった。
カカシはかなり藻掻いたらしく頭は出ていたが、もう少し時間が経てば沈んでいたのは確実だった。
例え沼から自力で脱出できたとしても、かなりの重傷のため里にたどり着くのは困難のように見えた。
このままであれば死を免れなかっただろう。
「カカシ」
声をかけると、うっすらと眼を開いた。
少し意識が朦朧としているようだった。微笑んでいたのが、覚醒するにしたがって次第にその笑みも消えた。
「サスケか」
「俺ではご不満でしたか、カカシセンセイ」
「いや。悪かったな、サスケ」
いつもの軽口は聞くことはできなかった。それだけ体力を消耗しているのだろう。
誰かと間違えたのだろうということはわかっていた。それが誰であるかも。
きっと俺と同じ色をした髪の人。
「よく此処がわかったな」
「犬が」
「犬?」
「犬が案内してくれたんだ。アレは口寄せの犬か?」
「…………」
「おい?」
「そうか。犬か」
それ以降、口を開こうとはしなかった。
カカシを沼から引き上げ、里に帰ろうとした頃には犬の姿はもう何処にも見えなかった。
里に帰って、カカシは強制入院させられた。
だが命に別状はなかった。しばらく休養すれば任務もいつも通りこなせるほど回復する、とのことだった。
任務の終わった夜に見舞おうと思い立ち、病院に行った。
面会時間が過ぎていることもあって、気配を断って目的の病室に近づいたときだった。
声が聞こえたため、立ち止まった。
「まだ逝ったら駄目なんですか、イルカ先生」
その声は苦しみと悲しみに満ちていた。
聞いている俺まで悲しくなった。
イルカ先生が死んだとわかった時、ナルトはわあわあ泣いた。
そしてカカシが泣かないことを責めた。
俺もそうした。
「結局アンタはイルカ先生のことなんて好きじゃなかったんだろ」
そんなことを言ったと思う。
どうしてあんな酷いことができたのだろう。
どうして涙が出ないからといって悲しんでいないなんて信じることができたのだろう。
今になってそう思う。
結局その日は見舞うことはしなかった。顔も見ずに帰った。
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