「良いこと……ですか?」
何を言われているのか分からなくて戸惑う。
「『輝く星』といえばあの名言だろう。『命はみな、ただ命というだけで輝く星』ってやつ。私も好きだよ」
師匠は誤解しているようだが、私はそんな言葉は知らなかった。
生きている、それだけで美しく偉大だ。
たとえどんな罪を犯していようとも、たとえどんなに力が無くて自分が何の役にも立たなくとも。息をしている、ただそれだけでもうすでに許されている。この世界に存在することを。
そんな意味が込められているのだと初めて知った。
「尊い命を謳う格言だ」
高い能力を要求されること、任務遂行の上で人の命を奪うこと。それは忍びにとってごくあたりまえのことだ。
容赦なく求められる重圧と己の罪悪感の中で、カカシ先生は許されたいと願ったのだろうか。何の力もなくても愛されることを夢見ていたんだろうか。
想像するとたまらなかった。
カカシ先生は優秀だから落ちこぼれそうな人間の気持ちなんてわかってくれないと思っていた時期があって。『仲間を裏切らない』って宣言できるのは、ずっと自分の力に自信があるからだと思っていた。
でもそうじゃない。
そうじゃないんだ。
カカシ先生は何の役にも立たない輝く星になることは許されないと思っていたんだろう。小さい頃からそう要求され続けてきたのだから。
私は恵まれている、すべてにおいて。普通に育てられ、何不自由なく大きくなった。
なんて違いだろう。
私はぐっと唇を噛みしめた。口を少しでも開くと泣き出してしまいそうだったから。
泣くのは簡単だけど、それはとても失礼なことだと思った。だから決して泣かない。私は今の私にできることをする。
「よし。いい面構えになってきたね」
前を凝視する私を見て、師匠は満足そうに頷いた。
「明日からまた頑張りな」
「はいっ」
去っていく背中を見ながら、本当に頑張らなくちゃと決意も新たにした。


師匠と別れ、帰ろうと病院を出てから前庭に佇む人影を見つけた。
それはイルカ先生だった。
カカシ先生を見舞って今から帰るところなのだろう。
なにげなく声をかけると、一瞬身体を堅くしたように見えた。
もしかして拙かったかもしれないとちらりと思ったけれど、振り返った顔はいつも通り穏やかだったから気にしなかった。
「ああ、サクラ。今帰りなのか?」
「はい。イルカ先生も?」
イルカ先生は頷いて、途中まで一緒に行こうと誘われた。暗くなったから送ってくれるつもりなのかもしれない。
申し訳ない気持ちもあったが、久々に会って話したい気持ちもあったから、ありがたく誘いに乗った。
けれどイルカ先生は何もしゃべらなくて、二人で黙ったまま歩き続けた。
イルカ先生はずっと遠くを眺めている。
そして視線を合わせないまま、ひっそりと静かな声を発した。
「あの紅い瞳がもう何も映さないのかと思うと悲しくてたまらない。光さえ感じないなんて、まだ信じられないでいるんだ」
はっとした。
イルカ先生の横顔には悲しみが深く刻まれていた。
私はなんて馬鹿だったんだろう。
カカシ先生が辛い目に合っている今の状況で、優しいイルカ先生が心を痛めないわけがない。まるで我が事のように苦しんでいるはず。
家族の苦しみも思いやるのが医療に携わる人間の仕事なのに。
私は未熟で力足らずだ。
でも。
「大丈夫ですよ」
思わず口にしていた言葉。


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