「イルカ先生」
「あ、カカシ先生。お疲れさまです」
不思議なことにその日一日はイルカも覚えているのだ。
一度会えば
『さきほどお会いしましたね』
などと言う。
けれど次の日会うと覚えていない。
何故だろうか。
「今日一緒に夕飯でもいかがですか?ナルトのこととかお話したいし」
「あっ、はい。喜んで」
ナルトをだしに誘えば、本当に嬉しそうに二つ返事でついてくる。
最初はナルトの話だけだったが、そのうちにお互いの話もするようになり。
上忍相手に緊張していたのが、だんだんとうち解けてくるようになり。
その夜はずいぶんと親しくなった、とカカシは満足して別れた。


そして次の日。
期待に胸をふくらませて朝からイルカに会いに行くカカシ。
しかしその期待は無惨にも踏みにじられてしまった。
「初めまして、カカシ先生」
どうして。
どうして忘れてしまうの。
俺がそんなに嫌いなの?
存在することすら許されないの?
カカシがあまりにも傷ついた顔をしているのが心配になり、イルカは声をかけた。
「あのぅ、俺なんか変なこと言ったでしょうか」
「……いえ、別に」
そう言って去っていくカカシの背中をイルカはいつまでも見つめていた。


「おはようございます、カカシ先生」
イルカから声をかけられてカカシは面食らった。
「あー、おはようございます」
「今日も任務がんばってくださいね」
にっこり笑顔で言われて思わず
「はいっ」
と返事をした。
そういえばいつもの『初めまして』じゃなかったな。
別れてしまってからようやく思い至った。
もしかして覚えているのかな。
アスマの『気長に頑張れや』という言葉も思い出し、今日も誘ってみることにした。
「飲みに行きませんか?」
「はい」
その笑顔を見ていると、嬉しそうにしている顔を見るだけでいいような気がしてくる。
けれど、やはり忘れられるのは辛いのだ。
いろいろしゃべっているうちに、自分はこの人に恋をしているのだとようやく気づく。 忘れられて胸が痛むのはそういうことだ。
好きな人に告白するどころか記憶にすら残らないなんて。
世の中にこんな辛いことがあるとは思わなかった。
「明日…」
「え?」
「明日、また会えますか?」
ついそんな約束を強請ってしまう、子供のように。
「はい。明日また会いましょう」
そう言った瞬間の微笑みに、どうしようもなく心をかき乱されてしまう。
明日は覚えていてくれるだろうか。そんな不安が表情に表れてしまったことにも気づかず。


次の日。
「おはようございます、イルカ先生」
「おはようございます、カカシ先生。昨日はありがとうございました。奢っていただいてよかったんでしょうか」
その言葉に衝撃を受けた。
覚えているんだ。
今まで生きてきてこんなに嬉しかったことがあっただろうか。
「お、覚えてるんですか!?」
「そんなに酔っぱらったつもりはないんですが…」
「いえ!そんな意味じゃないんです。すみません!……よかった」
あわてて謝った後に安堵の笑みを浮かべた。
それをイルカがじっと見つめていることにカカシは気づかなかった。


それからのカカシは始終上機嫌だった。
7班の誰かが失敗しても笑顔でねぎらいフォローまでする。
普段では考えられない言動に周囲は混乱した。
が、そんなことは一向に気づかないカカシ。
毎日イルカに会うことに夢中になっていた。
そして次に会ったときに忘れていない、という事実を確認するのが習慣になった。


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