「そんなことがあったんだ……」
カカシ先生が呟いた。
「俺も初めて会ったとき『うみの』なのに黒髪なんだなって引っかかっていたんですが」
「ええ。最初に姓を名乗ると、たいていの人は驚きます」
初めは怪訝な顔を隠さずに、それからはっとして聞いてはいけないことだと勝手に解釈して口をつぐむ。その心の動きは見ているだけでありありとわかった。
鼻傷をつけた頃の小さな自分だったら、また嫌がっただろう。でも今の俺にとってはたいしたことじゃない。
あの後、鼻の傷の包帯が取れてから、母が言ったからだ。
「イルカは父ちゃんの髪が水色のままがいいって言ったよね」
「うん」
俺は素直に頷いた。
父や母の髪の色はとても綺麗で好きだった。それ以外の色なんて考えられなかった。
「私たちも同じよ。黒い髪のままのイルカを愛してる。だってそれがイルカの本当の姿なんだもの」
産まれてきたありのままの俺を愛してる、と母は言った。
「……う…ん」
ぎゅっと抱きしめられると、涙がこぼれた。
母はこっそりと「父ちゃんには内緒だけど、この傷はすっごく男前よ」と言って、鼻傷に優しくキスしてくれた。
それ以来、この傷と黒髪は俺の誇りだ。父と母が愛してくれたものだから。
誰になんと言われようと、もう気にならなかった。たとえ血が繋がっていなくても、俺にとってはあの二人だけが父と母だった。


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2006.02.25


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