嬉しそうに手を振りながら近づいてくるカカシ先生に、無理に笑顔を作る。
「お帰りなさい。お疲れさまでした」
「ただいま。受付で任務だって聞いて……会えてよかった。今忙しいんですか?」
「いえ、忙しいわけでは……」
思わず書類を握りしめる手に力が入る。
そう、これは任務なのだ。明日になれば調べたことをありのまま報告しなければならない。
「あれ? イルカ先生、悲しいことありました?」
「え?」
「目赤いですよ。泣いたの?」
すっと目の縁を撫でられて、慌ててしまう。なんてわかりやすい自分。忍びがそれじゃあ駄目だろう。
恥ずかしくて目を伏せると心配そうに覗き込まれた。
「何かあったんですか」
カカシ先生に言おうか言うまいか迷った。
けれど、このことに関してどうしたらいいのかわからないまま立ち竦んでいる自分がいて。このままではどっちにも進めないと思った。
なので、躊躇いながらも正直に話そうと決めた。
今日あった出来事を説明すると、カカシ先生はじっと最後まで耳を傾けてくれた。
「イルカ先生は血が繋がってないって知ってた?」
「そりゃあ両親の口から直接聞いたことはないですが、知ってました」
大きくなるにつれ、わかってくる。
水色の髪の両親からは黒髪の子供は産まれない。
自分は実の子ではないのだとようやく悟った。
「さすがに大人達は面と向かって言ったりしません。でも子供って残酷でしょう? 意味も分からないまま囃し立てたりするんです、『もらわれっ子』って」
その時は、自分の狭い全世界が否定されたみたいでショックを受けた。
今まで信じてきたものが、自分のものなんかではないのだと言われたも同然だった。
「悔しくて悔しくて。せめて何か同じところが一つでもあればと考えて。それで父と同じところに傷を付ければいいと思ったんです。子供って馬鹿ですね。この鼻の傷は自分でつけました」
父と同じ鼻傷。
最初は怖くて力が入らずミミズ腫れしかできなかった。だから何日後かに挑戦した二度目では、切れ味の良いクナイで思いきりやってみた。
そうしたら鼻の辺りがカーッと熱くなって、畳に血がボタボタと落ちて止まらなかった。痛いより何よりまず染みのことが心配でおろおろしていると、母が気づいて叫んだ。
「イルカっ、血が!」
「ご、ごめんなさい!」
どうしよう、怒られると思った瞬間。切羽詰まったような表情の父に抱き上げられ、即病院へ連れて行かれた。
医者の処置を受け、傷は一生残りますと言われた時は嬉しかった。念のためその夜は入院することになり、ベッドの上で俺はご機嫌だった。
がしかし。
「どうしてこんなことをしたんだ!」
わざとやったことがばれて、父に怒鳴られた。
今まで見たこともない真剣な顔で怒られて、身体が竦んだ。
「だって父ちゃんと同じがよかったんだもん……」
「どうして」
「ぜんぜん似てないって、みんなが言うんだ。だから……」
父はくしゃりと顔を歪めると、
「そんなことない。そっくりだろ?」
震える声で答えた。
「髪の色がぜんぜん違うもん」
そう言うと父は一瞬泣き出しそうな顔をして、それからちょっと待ってろと言い残して出て行った。
しばらくして戻ってきた父は、髪を黒く染めていた。
「ほら、これなら一緒だろ」
それを見て、俺は泣き出してしまった。
何がどうとはうまく言えなくて。でも嫌だった。
同じになりたかったけど、染めて欲しいわけじゃなかった。それは違うとなぜか子供心に思った。
「うわぁぁん。いやだぁ! 水色じゃなきゃ父ちゃんじゃないもん!」
病院中に響き渡るくらい大声でわぁわぁ泣いた。
いつまで経っても泣きやまない俺に父は困り果て、もう髪は染めないと約束してくれた。
俺のために黒く染められ、そして俺のために染められなくなったその髪は、伸びるまでずいぶん長い間黒と水色のまだら模様だったのを覚えている。
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