閑話その3 居心地の悪い日常
短期の任務に追われる毎日、報告を済ませて控え室に向かうと俺は丁度居たアスマの隣に座った。
「親父臭ぇなあ」
「んー?何が」
「座る時の掛け声だよ」
「俺何か言ってた?」
「自覚なしかよ、勘弁してくれよ」
普段から険しい顔を更に顰めてアスマは煙を吐き出すと、小さく呟いた。
「…どっこいしょ」
「は?」
「さっきお前が言ってた掛け声だ」
アスマは色々と不満なのだろう、ずっぱずっぱと煙草を吸っては煙を吐きを繰り返した。
そりゃ親父臭いと思った俺はあーだかうーだか微妙な声を上げて、両手で顔を拭うと頭を掻いた。
紅やアンコがここに居なくて良かった、いたら激しく突っ込まれるところだ。
それから口を開くことなく、当然話しが盛り上がることもなく、何となく居心地悪げに時を過ごす。
任務中でもないのに辺り一体に緊張感と薄っすらとだが殺気が漂い始めると、控え室にいた面々が次々と部屋から出て行き、最後には俺とアスマだけになった。
立ち去りたいのだが動くことができない俺達は、何故か我慢比べのように押し黙り動きを止めた。
じりじりと追われる様な張り詰めた空気を払拭したのは、控え室の扉を開けたゲンマだった。
「あー、カカシさん、丁度良かった」
お疲れっすーとアスマの前を通り過ぎたゲンマは、俺の目の前に紙袋を差し出した。
「これ渡せって頼まれたんっすよ」
「何これ?」
「さあ、帰って見てみたらどうっすか」
顔の前から動かない紙袋を仕方なく引き取った俺は、座ったゲンマと代わるように立ち上がるとそそくさと控え室を後にした。
「だから親父臭ぇって言ってるだろうっ」
どうやら立ち上がる際に無意識にまた掛け声を上げてしまった俺を蹴り飛ばそうとした、アスマの足を避けながら。
アスマが無性に不機嫌だったのは俺と同じ事を誰かに言われたのだろうと思った。
*
お帰りなさい〜と気合の抜けた声で迎えられた俺は足元をちょろちょろするイルカをつまみあげ、持っていた紙袋と一緒に机の上に置いた。
「あのー、これ何ですか?」
「んー、何だろう」
ゴソゴソと袋の中に入っていくイルカを放っておいて、部屋着に着替えた俺は手を洗って食事の仕度に取り掛かった。
今日は何を作ろうかと冷蔵庫の中を見て、豚肉やらキャベツやらピーマンやら残り物の肉と野菜と中華麺であんかけ焼きそばでも作ろうかと材料を漁る。
「あのー」
「んー?」
「イチャパラ・ザ・ムービーって何ですか?」
「は?」
まな板片手に振り返ると、紙袋から出てきたイルカと目があった。
どうやら紙袋の中身は映画化したイチャパラのビデオらしい。
どんなものか見たがるイルカに負けた俺は、食事をしながらビデオ鑑賞をするはめになった。
仲間達と一緒ににぎやかに見たり、一人で見るときはなんとも思わなかったのだが、小人で妖精なイルカと一緒に見るイチャパラムービーはそこはかとなく気まずく感じる。
まるで家族団らんの食事中、見ていたテレビドラマでお約束のエッチシーンが流れた時の居心地悪さみたいだ。
目の前のあんかけ焼きそばを見て、テレビ画面を見て、傍に座るイルカを見たが、当初の予想と反してイルカは平然と画面を眺めながらそばをズルズルと啜った。
これじゃあ一人緊張している俺が馬鹿みたいじゃないか。
こっそりと気付かれないように溜息をつくと、俺もズルズルとそばを啜って時折テレビに目を向けた。
イチャパラ・ザ・ムービーは小説のイチャパラと一緒で、内容のないただやっているだけのエロビデオと違ってしっかりとした話の流れがあり、イチャパラシーンを除いてもきちんと楽しめる出来となっている。
主役の二人が出会い、次第に惹かれあい、そして愛し合う。
背後にある人間関係がかなり複雑で、それを上手く表現しているものだから、俺も次第に画面の中にのめりこんでいった。
皿が空になる頃には、件のイチャパラシーンが始まった。
男女が激しく絡み合うシーンは、やっぱり気まずい。
おそるおそるイルカを伺うと、空になった皿の前で専用箸を握り締めて画面を真剣に見ている。
最初の想像では、顔を真っ赤にしたイルカに「こんなエッチなビデオ見てちゃ駄目です!」と怒り出すか、恥ずかしくなって顔を手で覆って「ごめんなさい、ビデオ止めてください!」とお願いされるか、画面から目が離せなくなって沸騰しそうな顔をして鼻血をたらすかと思っていたのだが、何だろうこのイルカの真剣な表情は。
「質問があります」
テレビを見ていたイルカは、真剣な顔のまま俺の方をキッと睨んだ。
とうとう説教が始まるかと俺が首を傾げると、イルカはテレビを指差した。
「これって、そんなに気持ち良いんですか!?」
ぶっ。
ごほごほごほごほごほごほっ。
思い切り噴出してむせた俺は心中で叫んだ。
頼むからそんな答えにくいことを訊いてくれるな。
咄嗟にビデオを操作して停止と巻き戻しのボタンを押すと、通常チャンネルを映し出した画面に安心して、俺は更に咳き込んだ。
「大丈夫ですか?ご飯が喉に詰まっちゃいましたか?」
あわあわおろおろと心配するイルカに、おれはこのまま答えをうやむやにしてしまおうと咳き込み続けた。
それから時折思い出したようにイチャパラシーンについて尋ねてくるイルカに、俺はどう誤魔化そうかと四苦八苦した。
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