【4】


正直なところ、できれば今里を離れたくない。留守にする間のことが心配だからだ。
とは言うものの、忍びは何事も任務優先。行きたくないでは済まない。
ああ、辛いな。
そんなわけで、里を出発する前に朝早くアスマの所に立ち寄る。
もちろん、こういう時に顔を拝みたいのは断然イルカ先生なのだが、奴には釘を刺しておかなければならない。限られた時間内では二人ともに会いに行く暇がないから仕方がない。
玄関の扉を蹴破らんばかりに訪問すると、ぬぼーっとした熊が出てくる。
「俺がいないからってイルカ先生と二人っきりで飲みになんか行ってみろ。それはもう恐ろしい厄災がお前に降りかかっ……」
「ああ、わかったわかった。二人で飲みに行かなきゃいいんだろ」
アスマは眠いのか適当に俺の話を遮る。
コノヤロウ、本当にわかってるのか。
「それと……」
「まだあんのかよ」
「二人で飲みに行くなんて論外だが、もし万が一イルカ先生と話す機会があったら、俺のことを褒め称えろ」
これは大事なことだ。
イルカ先生にとって好印象のアスマが褒める俺。つまりアスマより上位な印象がイルカ先生に与えられるに違いない。
「……無理だろ、それ」
「無理でもやれ」
何のために今まで飲みに連れていってやったと思ってるんだ。察しろよ、この役立たず。
睨みつけているとしぶしぶ口を開く。
「……わかった。努力はしてみる」
約束を取り付け、それでも後ろ髪を引かれながら任務へと旅立ったのだった。


つまらない任務をこなし、大急ぎで里へと帰ってきてみれば。
なんとイルカ先生が毎日のように上忍控室に通ってるという。
そんな馬鹿な。
だって約束したんだから、そんなはずはない。
ただの噂じゃないか。そう思って丁度やってきた本人に確認してみた。
が、あっさり謝られ、事実だったと知った。
そのうえアスマとのやりとりは、どう考えても控室で話をしていただけとは思えない状況。奢りって、そんなの一緒に飲みに行った証拠としか思えない。
「やっぱり飲みに行ったんじゃないですか!」
思わず詰め寄ると、イルカ先生はむしろ自慢げに胸を反らした。
「違いますよ。十班のみんなと一緒に焼き肉を食べに行ったんですよ。二人じゃないし、お酒は飲みませんでしたよ?」
その答えに思わず身体がよろけた。
「……俺の言葉が足りなかったみたいですね……」
甘く見てました、イルカ先生。そんな横道に逸れた考え方をされるとは思ってませんでした。とんち問答じゃないんだから!
たしかに俺も勘違いしていた。
飲みに行かない=会わない、というわけではないのだ。でもだからといって。
なにイルカ先生と仲良く肉なんか食いに行ってるんだ! アスマのアホー!
「すみません。俺、気が利かなくて……肉食べに行きましょう! 任務の後はやっぱり焼き肉ですよね!」
俺は子供か。
焼き肉を食べ損ねて拗ねてる子供と同列なのか。
俺との約束の意味なんてイルカ先生は全然分かってないし、ましてや俺の気持ちなんて伝わってもいないのだ。
「じゃあ、いつも通り三人で飲みに行きましょうか?」
嫌だ!
酷いや、イルカ先生。落ち込む俺をさらに逆撫でするようなことを言う。
アスマとは二人で仲良くお話。なのに俺とは二人っきりじゃ飲みにも行けないってことですか。
人間が平等であるべきなら、これからは俺とほとんど二人なのが割合的に正しいんじゃないですか。
「あ〜、アスマはたしか先約があるんじゃない?」
今日邪魔したら殺す。
殺気を込めて睨むと、紅と約束があるとかなんとか理由をでっち上げて帰っていった。
当然だ。
ようやく奴もわかってきたじゃないか。自分が邪魔者以外の何者でもないということを。
ちょっと気分も回復してきた。
イルカ先生の横に並んで歩くのは久々だし、嬉しい。
「ところでイルカ先生。アスマと毎日何話してたんですか」
そう、これは確認しておかねばならない。
おそらくたいした話ではなかったと思いたい。また子供がどうしたとかそんな話だ。
が、イルカ先生は動揺していた。
「えっと、それは……内緒です」
内緒って何だそれ! 気になる!
俺には言えない話なんだ。
イルカ先生にとっては俺は、大事な事なんて何も話せないただの知り合いに毛の生えた程度の人間なんじゃないか。そんな不安がのしかかる。
「アスマ先生って話もお上手なんですね。知りませんでした」
これは暗に責められているんだろうか。
お前が邪魔していたから話も出来なかった、と。
もう俺は駄目かもしれない。そう思った。


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2007.12.01


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