鬱々と歩いていると、イルカ先生が突然口を開いた。
「カカシ先生は今恋してるんでしょう?」
そんなことを言われるなんて青天の霹靂。
驚きで声も出ない。
「実は俺、カカシ先生の好きな人が誰か知ってるんです」
「ええっ、知ってたんですか!?」
衝撃のあまり声が裏返った。
伝わっていたんだ、俺がイルカ先生を好きだってこと。
恥ずかしさと嬉しさと期待で胸が高鳴りそうになった瞬間、はたと気づいた。
それってホントに喜ぶべきことなのか?
それはつまり。
「知ってて黙っていたってことは、望み薄だってことですか……」
やんわり拒否されていたんだ。
はっきり言いたくないから察しろと。そんなこともわからずに付きまとっていた俺は迷惑な奴だったのだ。
うわ、本当に駄目駄目じゃないか。
もう道端に穴を掘って潜ってしまおうかと思っていると、イルカ先生が明るい声で言い出した。
「カカシ先生。告白する練習をしてみたらどうでしょう」
「練習?」
って何の。
いったい何の練習が必要だと言うのだろう。
「本番じゃなくて?」
告白されたらきっちりフってしまえる、と。そういう話じゃないのか。
「え。それはカカシ先生に自信があるんだったら、別にそのまま本番でもいいですけど」
「自信……いえ、自信なんてないですけど」
自信なんかあるわけない。
いや、そういうことじゃなく。
なんだろう、どういう意味なんだろう。練習ってなんだ。
よく考えろ、俺!
「……つまりそれは試験みたいなものですか? 合格したら告白していい、みたいな」
つまり告白されて気持ちが動いたら付き合ってもいいと。
笑顔で頷かれて、まだ希望は残されているのだと知った。
これは与えられた最後のチャンスかもしれない。
「好きです。俺と付き合ってください!」
勢い込んで言うと、困った顔をされた。まるで断られる前触れのようで心臓に悪い。
そして当たり前のように駄目だと言われた。
たしかに今のは自分でもどうかと思った。こんなありきたりのことしか言わない告白なんて、誰だって頷かないだろう。
しかし、思うのと実際に否定されるのは違う。ましてや本人に。ダメージが大きすぎる。
その後も思いつく限りの台詞を言ってみたが、すべて駄目だった。けっこう厳しい評価を貰った。
それはそうだ。
たいして興味のない人間からの告白。よほど心を動かす台詞じゃないと良い返事など貰えないだろう。
そうは言っても、もう何も思いつかない。難しすぎる。
もはやイルカ先生にあっさりとフラれ、最後のチャンスも失ってしまうのだと思った。
けれど、今目の前に居るイルカ先生は懸命に考え込んでいる。
どうしたらより良い告白になるか、なんて。自分がされる方だというのを忘れているんじゃないだろうか。
ああ、やっぱりこの人のことが好きだなぁ。
なんにでも全力投球で力を抜くってことを知らない人。
まるで出来の悪い生徒を相手にしているように真剣だ。たとえ教師として見捨てられないのだとしても、嫌われてない限りまだ希望はあるように思える。
前に良い台詞を聞いたことがないかと質問され、変な誤解をされたくなかったけれどあまりの熱心さに言うしかなかった。
実際世間のくだらない噂には参る。何かと被害を被っていた。俺は普通なのにね。
俺のごく普通の幸せを望む気持ちをイルカ先生に笑って肯定されて、本当に嬉しかった。世間が作り上げた偽者じゃない本当の自分を見てくれる。それこそが一番望んでいたことなのかもしれない。
ぼんやりとそう思ったその瞬間。
「それです!」
イルカ先生が叫んだ。
「え? どれです?」
意味が分からなかった。
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2007.12.08 |