【田舎に住もう!11】


「もういいでしょ。仕事は終わったんだから。帰る」
早く帰るためにリハなしにしたんだから、ここで時間を取られていたら意味がない。
イルカ先生に早く会いたいもんね。
駅まで髭の車で移動する。
髭はいつものように煙草をくわえながらハンドルを握っている。俺は車の中が煙草臭くなるから嫌なんだけど、いくら言ってもやめないからけっこうマイペースな奴。とりあえず後部座席に避難するのはいつものことだ。
「だいたいあの先生、お前が自分を好きなこと知らないんだろ」
「まあね」
まだ言ってないから。
なんとなく言い出しづらいし、もっと慣れてからじゃないとな。
「でも嫌われてないもん。むしろ好かれてる。そうじゃなきゃ同居なんてしないでしょ」
「そうか? ただ単に行くところがない犬を可哀相に思って置いてやってるだけだろ」
い、言ってはならないことを!
その可能性はなきにしもあらず。というか、かなり濃厚だったりする。
が、それを認めるわけにはいかない。
「俺のためにテレビ買ってくれたんだよ! 茶碗も作ってくれるって。そりゃもう大事に思ってるさ、きっと」
寝る時だって今はもう抵抗なく、一緒に寝るのがあたりまえの日常のようになっている。そんなの、ただの同居人にはさせないでしょ?
ああ、でも抱き心地のいいぬいぐるみ気分だったらどうしよう。
あのイルカ先生だったらありうる。
「まあ、拾ったからには責任持って世話するタイプなんじゃねぇ?」
髭め。一回しか会ったことがないくせに、いやに鋭いことを言う。
「う、う…」
「う?」
「うるさーい!」
反論できないから叫ぶしかない。
「痛いところ突かれたからって泣くなよ」
「泣いてないっ」
ここで泣いたりしたら事実と認めているみたいで絶対嫌だ。
というか、勝負はこれからなんだから。遠大な計画の元、ラブラブな恋人同士になるんだから。
決意も新たにしたが、新幹線に乗ってからもそれが気になって仮眠を取ることも出来なかった。
「ただいまー」
家に辿り着いて扉を開ける。
「おかえりなさい」
イルカ先生はにこりと笑顔で出迎えてくれた。さっきまでの一種緊張した感じがふっと抜け、帰ってきたという実感が湧いてくる。
「早かったですね」
「ええ。仕事が順調にいったので」
そう。仕事がうまくいけばイルカ先生と居る時間が少しでも長くなるのだ。いいことじゃないか!
これからは順調かつ円滑に仕事が進むよう、ちょっと気を配ってみようかな。
こんなことを俺が考えてると知ったら、綱手社長はイルカ先生に感謝状を送るかもしれないなぁと思った。


田舎の朝は早い。
信じられないくらい早い。
「カカシさん……」
「んー」
目が開けられない。
「カカシさん、おはようございます」
「あー、おはよーございま……す…」
一度起き上がったが、またぱたりと布団に倒れ込みそうになる。
「今日は畑おこし日和ですね」
「え……」
朝から元気いっぱいなイルカ先生が、カーテンを勢いよく全開にした。眩しすぎる。むしろ目が潰れるんじゃないかと思うくらいだ。
が、日光を浴びるうちに少しずつ目が覚めてくる気がした。
まだまだぼんやりした頭で考える。
畑おこしって何だろう。
たしかに天気は抜群に良さそうだが。
「もうしばらくしたら種まきや苗を植える時期なので、その前に土を起こしておかないと。土をふかふかにしておくと作物の出来が違うんですよ」
「あー」
この家のすぐ裏に小さな畑をやっているのだそうだ。
冬場は何もしてないから気づかなかった。
「カカシさんはせっかくの休みなんだから、のんびりしててください。俺は昼まで戻って来ないのでー」
「え! 俺も手伝いますよ!」
もちろん手伝わない選択肢はない。ここで頼りになるところを見せないと、本当に拾われて面倒を見てもらっている犬のようじゃないか。
「でも、慣れてないと大変ですよ」
「大丈夫です」
きっぱりと言ったが、イルカ先生は心配そうにこちらを見ていた。


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2011.06.25


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